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2006年7月の14件の記事

2006年7月31日 (月)

痛みも跛行も人生の道連れ

私の父(すでに他界)はパーキンソンで歩くことが困難になっていました。最初は足の運びの悪いヨチヨチ歩きでしたが、歩けなくなり車椅子になりました。入院していたリハビリの病院には<お立ち台>と(患者さんたちの間では)言われていた設備があり、腰等をベルトで後ろの壁面に固定するようにして、立つ練習をしていました。パーキンソンの場合には、足の機能そのものの異常ではないのにも関わらず、バランスをとるのが難しくなり立てないようです。「日頃、私たちは何気なく立っているけれど、立つだけでも大変なことなのだな。」とその訓練を見ながら思いました。その頃、自分自身が将来歩くことに問題が出ようとは思いもしませんでしたけれど‥。

最近、超高層のビルが増えて来ました。人間の足裏を建物の底地面積として考えると、どれだけ背の高いビルになることだろうかとビルを見上げながら思うことがあります。例えばの話、そのビルがSF映画みたいにズシンズシンと歩くとしたら、どれだけバランスが悪かろうかと思います。ちょっと前に、歩いたり走ったりするロボットが開発されたとテレビで紹介していました。かなり人間の動きに近づいたとはいっても、まだ人間のすることを何でもできるという足腰では無さそう。人間の二本足歩行って、本当にスゴイことだと思います。

二本足で歩いたり走ったりするのには、どれだけの神経やら筋肉やらを動員していることだろうか。それが、(足を)使う側は<取り扱い説明書>を読む訳でもないわけだし、多少変な使い方をしても、若い頃はそれなりに動かせちゃうわけだから酷使。歪んだり故障がでない方が不思議なくらいです。

我が足ながら、「この体重を支えてよく働いてくれたな。」と思います。しかも、どうも最初からの造りが良く無かったらしいのに、暢気だから使い放題使って痛めちゃって、気の毒だったなと思います。あと50年100年このまま持たせようというわけじゃないのだから、もうしばらくの間(自分が生きている間)痛みをだましだましいくから、「仲良くしていこうね。」と自分の足に言っているところです。

痛みも跛行する足も、私に取っては<人生の道連れ>という気が(今は)しています。

<3ヶ月だけのブログ>と前に書いたのは、変形性股関節症になったことで、これまで出会ったことや感じたことを整理してみると、きっとそれぐらいで書き終わる内容になるだろうと思うからです。頭の中で漠然と考えているより文章にしてみるって大事なことだし、書くことによって自分で気がつかなかったことに気づいたりもするのではないかと思っています。よろしくお願いしますね!

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2006年7月28日 (金)

イスラエルと股関節

聖書の中でヤコブが神様から股関節を外された箇所があるのを知った私は、(クリスチャンではないのですけれど)あるシスターを紹介していただいて、この箇所の意味する所をおききしにうかがったことがあるのです。

ヤコブは兄エサウになりすまして家督を継ぎます。エサウが恨みに思いヤコブを殺そうとたくらんだことを知ってヤコブは故郷を離れます。時を経て故郷に帰るときエサウに再会するのが恐ろしくて、神にご加護を祈ります。<何者かが夜明けまでヤコブと格闘した>といきなり格闘の場面になります。<ところが、その人はヤコブに勝てないと見てヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。「もう去らせてくれ、夜が明けてしまうから」とその人は言ったが「いいえ、祝福してくださるまでは離しません」「お前の名は何と言うのか?」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、その人は言った「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」>

聖書の創世記32章、23節から33節にソレはあります。以前、検索した時は、そのあたりのことをわかりやすく解説したページがいくつかあったのですけれど、今回<ヤコブ/股関節/イスラエル>で検索してみて、一番聖書に忠実なのはコチラかしらと思ったページをご紹介しておきます。他にも探されると色々見つかると思いますが、書いた方の思惑(解釈)がはいっているものが多そうなので。http://www7a.biglobe.ne.jp/~kuriyamakyokai/back_040620.htm

「闘っている相手が神(もしくは天使)だということが、どうしてヤコブにわかったのか」「どうして神様は突然ヤコブの前に現れていきなり闘うことになったのか」というようなことは聖書には書かれていません。あまりにも唐突な出来事という印象。いまだによくはわからないのですがが、<腿をうって関節を外された>というのは傲慢を打ち砕かれたという説が大方の見方でしょうか、お話を伺ったシスターは「神様と私たちが組むことなのですよ。」と言われました。何が何でも、ともかく神様にしがみついていましょうというようなことなのかしら?

イスラエルの祖、ヤコブは神のみ使いとの戦いに勝ち「イスラエルと名乗れ」と言われた翌日から、びっこをひいて歩いていたわけです。「聖書が読まれた時代に股関節が悪くて跛行している人が多かったのでヤコブは親しみを持たれたであろう。」というような文もどこかで見かけました。今の私と同じように跛行していたと思うと、ヤコブにも、聖書を読んで「あ!自分と同じだ」と思った多くの(もうこの世から去ってしまった)人たちにも、親しみを感じます。自分の変形性股関節症、時間、空間を超えて同じ思いの人たちと繋がっているような気がしてくるから不思議です。

それが、最近、天使の本を読んでいたら、そのヤコブの股関節はラファエルという天使によって治されたという文章と出会いました。その記載って聖書の中で出会っていないのですが、ご存知の人がいたら教えてくださいますように。私はヤコブが生涯跛行していたのだと思っていたので、神様からはずされた股関節がまた元通りになったのだったら、何となく私の脚までも治りそうな嬉しい話だと(またもや独断と偏見で)思っているところなのです。

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2006年7月27日 (木)

ロルフィング

アレキサンダーテクニーク、フェルデンクライス、キネシオロジー/タッチフォーヘルス、ロルフィング、野口体操、バランスセラピーetc足のおかげで(?)なんと沢山のボデイワークを体験したり(本で)齧ったりしてきたことかと思います。まるで趣味みたい。

ロルフィングはアイダ・ロルフ博士が考案したことでそう呼ばれるのだけれど、ロルフィングに通っているという話をすると「ドルフィン?」と聞き返されることが多かったように思います。イルカ(ドルフィン)のセラピーも自閉症の子供たちなどにはあるようですものね。ロルフィングを体験した人って、そう多くは無いと思うので、ちょっとご紹介しておきます。

ロルフィングは筋膜にはたらきかけるもの。10回とコースが決まっていることも気に入って通ってみました。(整体のようなものだと何回でオシマイと決まりがないのがフツウですものね。)私が間違って紹介してもいけないのでロルフィングを紹介したページのご紹介。http://www31.ocn.ne.jp/~herolf/私が通ったロルファー中村さんのホームページもあわせてご紹介。http://www.rolfer.jp/立ち方座り方も教えていただきました。もう少し早く、身体のバランスを崩す前に出会って、そういう立ち方座り方など日常動作を心がけていたらこうは身体が歪まなかったのではと思いました。一回目の施術では呼吸がとてもラクになりました。他人がどういう呼吸をしているかということは、わからないわけだから、「ひょっとしたら私以外の他の人たちはこういうラクな呼吸を日々していたのだろうか‥。」と思いながら帰って来ました。<深い呼吸を>と心がけても、コチコチの身体ではゆったりした深い呼吸もできないのだと、その時、思いました。施術を受けているとねむ〜くなって、受けながら眠ってしまうことが多かったのです。

いま、中村さんのページを久々に訪ねてみたら作家の林望氏が書かれた文章を紹介していました「ふーむ、作家がロルフィングを体験して書くとこうなるわけね。」と感嘆する思いで読んだところです。

appleciderさんが、この独り言のようなブログに遊びに来てコメントくださったのをきっかけに、私がapppleciderさんの掲示板に書き込みをしてから、途端にアクセス数が増えました。appleciderさんのページを訪問なさっている人がいかに多いかということだと思います。そちらを訪問した時に、変形股関節症のブログの輪というのがあって79人もの人がブログを書かれていることを知ってびっくり。手術をなさった方々、お子さんが変形性股関節症だったりの方々で、前向きにこの病気と取り組まれていることがわかります。

appleciderさんのブログは、2004年の10月から始まっていて、内容も多岐にわたり、さながら英国庭園のいろとりどりに咲き乱れるお花のよう。このブログは、3ヶ月限定で書いているので、夏だけ咲く朝顔のようかしらと思iながら書いているところです。訪問してくださった皆様、ありがとうございます。また遊びに来てくださいね!

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2006年7月26日 (水)

筋肉の不思議体験

学生時代に民俗調査に行った村で、ある不思議な体験をしたことがあります。床の間にうやうやしく飾ってある石で色々なことが占えるというのです。ちょうど漬け物石ぐらいの大きさ。迷っていること、たとえば「今度どこそこに引っ越そうと思うが良いか?」と聞きながら石を持ち上げる。それで石が持ち上がれば答えはYES。持ち上がらなければNO。それで確認のために逆の質問もしてみる。「引っ越さないままだったらどうか?」今度は逆のパターンになる。さきほど持ち上がったのであるなら、今度は持ち上がらなくなるというわけなのです。

それで、ちょうどその場にいた学生3人がチャレンジさせていただきました。そうしたら私以外の2人は、フツウの石のごとく何でもかんでも持ち上がってしまったのだけれど、私が試したら、あることで持ち上がらなくなりYES,NOがはっきり出たのでした。一度は持ち上がった石が、石に根っこでも生えているみたいに持ち上がらなくなります。「私は暗示にかかりやすいのかな…。」と、思ったりしたのでした。

最近になって、これは<Oリングテスト>と根は同じではないかと気がつきました。Oリングテストについて、ご存知ない人がいるかもしれませんので、紹介してあるページを参考までに。http://homepage2.nifty.com/tahara~d-c/hobby3.htm

私は変形性股関節症になってから、多くの文献を読みあさりました。そのときはブログに書こうとか誰かに紹介しようなんて思いもしなかったのでメモもせずにいて、出典を記すことができないのですが、Oリングテストと同じようなことを足の筋肉をつかって試す方法がありました。仰向けに寝て、手に試したい食品をもちます。それで片足を上げてみると軽々上がる時と、鉛のように重たい感じの時があるのです。私の場合、紙パックの野菜ジュースに拒否反応がおきました。知人に話したら、そういう製品は流通のために加工してあるわけだし、しぼりたてのジュースとはエネルギーが違うのだから身体が喜ばないのは当然と言われました。ナルホド。

何を言わんとしているのかというと、Oリングテストも足を持ち上げるテストも、最初に書いた石を持ち上げて占う方法にしても、身体が拒否反応を示す物に対し筋肉が弱くなるということで共通しているように思うのです。それで、試しにだけれど、人間関係もそれぞれの人たちの顔を思い浮かべながら足を上げてみると、足が鉛のように重くなる時と軽く持ち上がる人とあるのです。何と!

‥ということはデス。つまりストレスいっぱいの生活、すなわち、身体が拒否反応をおこすような生活をしていたら、筋肉も弱くなるということになりはしないだろうか?と(例によって独断と偏見で)思ったりしているわけなのです。とんでもない間違った見方なのかもしれないけれど、<楽しい生活をしていたら、筋肉も正常になるのでは>と痛めている方の足の筋肉が落ちて細くなってしまったのを眺めつつ考えているところです。

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2006年7月25日 (火)

情報の見極め/判断

徳島行きで一人旅に自信をつけた私の次なる一人旅は宮崎でした。これは九州に引っ越した知人が「宮崎に一回でぎっくり腰など具合の悪い人を直す評判の整体師がいるので、一度行ってみてはどうだろうか。海外からも治療に来ているぐらいだから。」と勧められたのがきっかけでした。<一回で>というのは前に書いた<打ち出の小槌みたいなので叩く>というハードな療法で懲りていたのだけれど、コチラは痛いことはしないということなのでした。一回で治るなんて信じがたいけれど、そういう話を聞けば、そこに行かない限り、「そこの治療でひょっとして治るのでは‥」と思い続けるだろうし、ダメもとで行ってみようと、これまたガラガラとステッキバッグころがして羽田飛行場から飛び立って行ってきました。

予約して出かけてみたら、ナルホド遠方からの方たちがみえているのでした。期待したのですが、施術が終わって「さあ、歩いてみてください。」と言われて期待にワクワクして立ち上がったのですが、私の場合、変わりありませんでした。<外国からも治療に>というのは、どうも宮崎というのはゴルフトーナメントが沢山ありますし、そういう選手たちの腰痛や肩などの治療に当たられているような印象でした。海外から治療だけに来るというのでも無さそう。まあ、誰でもが治る治療というのは無いのでしょうし、私の場合はダメだったということで、変に期待をつないで遠方まで何度も通うという結果にならないことが良かったと思うことにしました。(何でもプラス思考で!)

宮崎も神話と縁の深い所で、イザナギノミコトが禊をしたという禊池などがあります。「おのころ神社についで、続きのように禊池に来るのも不思議な因縁」と思いながら、レンタカーで神話ゆかりの土地を観光してきました。宮崎神宮では、ちょうど結婚式で花嫁花婿、ご親族の方々が参道を歩いていました。袖振りかわすも他生の縁といいますから、全く知らないお二人の門出を見守るように参拝させていただいたことに、その方々の幸せを祈るような気持ちで宮崎神宮をあとにしました。

最近ではインターネット上で<変形性股関節症を専門になおしている>という横浜の方の治療院のブログを読み、行ってみました。ブログでは<一回目から効果が出て、通っている人たちが次の施術が待ちきれないぐらい>というような表現が多かったのだけれど、私の場合、目立った効果は無く、その治療を続けて効果が出そうという見極めも確信も持てず一度行っただけでした。遠い人は二回分まとめて治療出来るということで初診料とあわせて一万円。(今、検索して確認してみたら料金体系が変わっていました。)終わった後に、「インタ−ネットの情報というのは探しやすいけれど、発信する側が自由に書けるのだから読む側も、そういう心づもりで」との<学習費>と思うことにしました。もちろん、その治療があう人もいるのでしょうけれど。足の状態も人それぞれですから、誰かが治ったとして、それが私にもアナタにも良いかどうかの判断は難しいですね。一度は体験してみないと判断できないですよね。体験しても、それを続けて回復するかどうかの見極めは、直感ということになるのだと思います。

今も、ネット上で良さそうな整体師さんがいるのをみつけたのですが(今度は患者さんのブログや掲示板でも評判が良さそうな所←コレが大事と思う。良い所であれば話題になっているはずですもの。)、今は整形外科で理学療法を始めて効果が現れている所ですし、しばらくそこで腰を落ち着けようと思っているところです。

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2006年7月24日 (月)

お気に入りのエアロバイク(室内自転車)

現在、私が使っているエアロバイクのご紹介。このエアロバイクには、ちょっとした思い入れがあります。杖をつくようになって初めての一人旅が、このエアロバイクを試乗しに徳島まで行く旅行でした。<お洒落に杖をつく>のエントリに書いたようにステッキバッグというのをコロコロ転がして羽田飛行場へ。飛行機は「身体に障害がある人は搭乗も先に。」というように気配りがありますし、客室乗務員もいるわけですし何となく列車の旅より一人でも心強い気がしました。飛行場からはレンタカー。この旅をきっかけに「レンタカーを使えば一人旅は出来る。」という自信を持ちました。昔と違ってカーナビがあるので、知らない土地でも車で走れることが強み。

エアロバイクは通信販売の本等にも載っていますし、インターネットで検索しても様々なタイプがあります。どれにしようか迷いました。決め手となったのは 個性的ななデザイン、乗るのは一日ちょっとの時間でも部屋の中で目立つものですから。色遣いも元気が出そうに思いました。電源を必要としないこと、逆回転。角度を変えたり色々できること、それに私は音がにがてなので静音設計というのも気に入りました。今回ブログを書くのに際してホームページを見てみました。http://www.tr-bike.com/私はリハビリ用のフレンド21を使用しています。商品説明に細かいことが書いてあります。徳島まで行かなくても、「送ってみるから気に入らなければ送り返してもかまわない。」とご親切に言ってくださったのですが、前々から鳴門の渦潮を一度見てみたかったので、思い切って出かけてみることにしました。鳴門大橋をドライブして淡路島にわたり、おのころ神社にも詣でたのでした。(国産み神話/イザナギ、イザナミの縁の神社、日本発祥の地とされる)http://www.freedom.ne.jp/onokoro/

カーナビで探しても個人のお家(エアロバイクの制作者宅)までは見つからず、それとおぼしきお宅を訪ねたら、そのお宅の裏なのでした。30センチぐらいの幅の小さな用水路を超えて行くと近いので(道路をぐるりと回るよりも)、私のレンタカーを、そのお宅に停めて置いて構わないとご親切に仰ってくださいました。家内工業風の制作現場でお話をうかがい、お土産に徳島名産スダチまでいただいて、心温まる訪問となったのでした。エアロバイクには私の頭文字もデザインとしてついています。足が治ったらぜひともお礼に伺いたいのですが‥。残念ながら、そこまでの改善はみられません。でも進行性と言われているのが、現状で何とか持っているのはエアロバイクのおかげであるのかもしれません。変形性股関節症の場合、筋トレという以前に、関節を動かして血行を良くするという意味合いが有ろうかと思っています。

鳴門の渦潮も、日によって時間によって見られる時が限られる訳ですが、ちょうど大きい渦潮のときに海中から渦が見られるという船にのって見ることもでき、大満足。渦潮を上から見る長い長い通路は杖をついても歩くのが大変ではありましたけれど、整然とお行儀良く渦が次々と巻いて行くのを眺められたのは圧巻でした。実際に渦潮を見るまで、私は大きな渦が一つだけ回っているのだと思いこんでいたのです。

変形性股関節症のおかげで、こういう素敵な旅を経験することも出来た訳なのですよね。

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2006年7月23日 (日)

“整形外科遍歴”に終止符

脚の痛みで最初に整形外科を訪れたのはもう9年ぐらい前のことになります。友達が<サッカーのJリーグの選手などを見ている名医が週に一度診療に来る>という病院に連れていってくれました。名医とは言ってもその先生は膝が専門とのことで、レントゲンをとって<変形性股関節症らしい>ということは言われましたが、「股関節の専門の人に診てもらうように紹介状を書きます。」と言われました。整形外科医というのは専門が細かく分かれているのだということをそのとき初めて知りました。

どこに股関節の専門医がいるかなんて、わかるはずもないので、当時、他のことでお世話になっていた東京逓信病院への紹介状を書いてもらい、出かけました。大きな病院なら誰かしら専門医がいるだろうと思ったからです。そこで<変形性股関節症>であるという診断。<体重を減らすこと、杖をついてかばうこと。重たいものはもたないこと。>など日常の生活の注意があり、自分でする体操を教えてくれました。大病院のことですから、あちらこちらで待たされ、1日がかり。当時はさほど痛みがあるわけでもなかったので、それきり行かなくなってしまいました。「何かコワい病気ではなくて良かった。」とむしろ思ったのでした。

跛行が目立つようになり、立ったり座ったりに痛みが出るようになり、3年ぐらい前に、今度は自宅近くの評判の整形外科に行きました。噂には聞いていたけれどスゴイ混雑。私は外のベンチで、もう何年も通っているという近所のおばあちゃまと話をしながら順番を待っていました。「冬には外のベンチは寒くて大変なのよ。」とのこと。駐車場の車の中で待っている人もいます。診察券だけ出してあって時間が近づくと戻って来るという人が多いらしく、いつになっても待合室の人は減らず、立って順番をまっている人も大勢います。延々待って「中廊下へどうぞ。」と言われて、またその中廊下とやらで立って待っていなければなりません。その上、怒鳴りつけられたりして(たまたま先生の機嫌が悪かったのかもしれません。)そこも行くのはやめました。レントゲンをとって、「確かに変形性股関節症」ということと、今後、レントゲンをとりながら様子を見るということでした。<様子を見る>といったって、「これじゃ悪くなるのを待っているだけのことだな。」と思いました。ここでも体操を教えてくれました。

様子を見るのにレントゲン写真を半年に一度とるということは、続けてみてもよいけれど、こう待たされるのと怒鳴られるのではかないません。そこで今度は出来たばかりの新しい医院に行って、そこで継続的に診てもらおうかと思ったのでした。そこは一度レントゲン写真をとっただけで終わってしまいました。

なぜかというと、身体障害者手帳をもらおうと思った時に、そこは診断書を書いていただける指定医では無かったのです。そこで、懇意にしている内科医(血圧が高くて通っている)に紹介していただいたのが、S整形外科。

ようやくのことで<かかりつけの整形外科>が出来ました。前の医院で「杖をついたら、どれくらい歩けるのか?」と聞かれて「列車で都内にでて用をこなして来るぐらい。」と答えて「そんな答えじゃわからんじゃないか!」と怒鳴られたりしたことがトラウマになっていたので、今度は診察の前に「すみません、話すのが大変下手なのです。」と恐る恐る前もってお断りをしておきました。でも、とても優しい先生で、私のトンチンカンな答えも「自分の質問の仕方が悪かっただけのこと。」と仰ってくださったので、すっかり嬉しくなりました。

これまでの整形外科では、レントゲン写真をとるだけで何の治療もしなかったのですが、こちらの整形外科では理学療法士さんがいて、温熱であたためた後、可動域をひろげるよう様々な角度にひっぱったり回したりの療法をしてくださいます。治療を受けるたびに確実に可動域が広がって来るのは自分でもわかります。整形外科遍歴に終止符が打てたことにほっとしています。継続的に診てくれる、励ましてくれる人がいるのは、この病気では心強いことだと思います。近いのも助かります。「痛み止めを飲んででも手術は今しないほうが良い。」という診断を受け、保存療法でいこうとの思いを強くしているところです。

身体障害者手帳をもらおうと決意したことで出会えたお医者様ということになります。何が幸いするかわからないものですよね。

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2006年7月19日 (水)

身体障害者手帳をいただこうと思った理由

昨年の暮れ、たまたま乗ったタクシーの運転手さんと話をしている中で<足辛そうだけれど、身体障害者手帳もらえるんじゃないですか?手帳があると、タクシーが一割引になるのですよ。>と言われました。足をひきずるように歩いてはいたけれど、自分が身体障害者に該当するなんて思っていなかったので、「そうなんだ〜、私でも障害者手帳の対象になるのだ」と、びっくりしたりショック受けたりしました。

自分が身体障害者に該当するかどうかインターネットで調べたりしましたが、よくわからないので区役所に話を聞きにいくことにしました。指定医の診断書を貰ってくるように言われ、用紙を渡されました。「診断書もらった結果、身体障害者に該当しなかったとしても、診断書に支払った費用は4000円まで補助がでます。」とのこと。その話の具合から、「私のような跛行では認定されるギリギリの線なのかな。」と思いました。<身体障害者>と認定された途端、ガックリして悪化しそうにも思ったこともあり、用紙を貰ってから半年近く手元に置いたままにしてありました。

今回、手帳をいただけるものならいただこうと思った最大の理由は、駐車違反の取り締まりが厳しくなるというニュース。歩行困難な人に発行していただけるという<駐車禁止規制除外票章>というのをいただきたいと思ったのです。閑静な住宅街で、近隣の通行の妨げにならないような所だったとしても、駐車禁止区域である以上、これまでのようにちょっとだけ停めておくということも出来なくなりました。どこか遠くの駐車場に止めに行って杖をついて歩かなければなりません。近くに100円パーキングでもあれば良いのですが、駅周辺ならともかく住宅地には契約者用の駐車場しか無いことの方が多いように思います。雨の日など、杖ついて傘さすと荷物は持てないし、遠くから歩くのは悲惨です。

それが、手帳をいただいてみたら、色々な優遇があるので、何だか嬉しくなってしまいました。(通院等に使う)自動車税も免税になるのだそうです。足の良い人より何かと経費がかかる(健常者なら歩ける所をバスとかタクシーを使ったりする)わけですから、そういう恩恵を受けられるのは有り難いかと思います。私が運転すれば、高速料金も半額になるのだそうです。私は、自分名義の車に乗っていますし、よく高速道路を使うのでETCも自分名義で搭載してETCカードをもらっていました。ETCのままで半額になるのだそうです。特典を受けるにはETCの便利さは諦めて、係の人がいるゲートに並ばなければならないのだろうと思っていたので、意外でした。有り難いです。

足の状態が良くなって、手帳をお返し出来た方が良いに決まっている訳ですけれど。「身体障害者手帳の4級貰った。」と周囲の人に言うと、「良かったね。」と言われます。ここのところ久しく足の状態は変わらないわけだから、<いただける物ならいただいておいた方が良い>という意味だとは思うけれど、そう言われると、なんだか英検の何級かにでも受かったかのような、得意な気分(?)になるから不思議です。

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2006年7月18日 (火)

一病息災

「この脚さえ治ったら‥」と思うこと、ありますよね。最近、私は、周囲の人たちが「皆何かしら、その人なりの問題を抱えているのだなぁ。」という感慨に浸ってしまうことがあります。JRの混んだ電車の中で、「何も悩み事の無い人なんて、きっとこの中に1人もいないだろうな。」と思ったりします。子供のことだったり、経済的なことだったり、仕事のことだったり。だから、私も脚が治れば、すぐ次なることを見つけて、「××さえ(人間関係とか)良くなったら」と思うのだろうという気がします。

私は血圧が高いのですが、脚が悪くなる前はビデオの早回しのような目のまわりそうな生活をしていました。それが脚を悪くしてから、洗濯物をたたんでしまうようなことも前の何倍かの時間がかかるようになりました。玄関チャイムがなっても飛んでいけません。ゆっくりと玄関に足を運びます。このテンポを落とした生活というのは、私の身体にとても良いのかもしれないと思うことがあります。脚のために始めた半身浴だって、他のコワい病気からの予防になってるようにも思います。

「歩けなくなったらどうしよう。」とか、「これ以上悪化したらどうしよう。」という不安の方が現実の脚の痛みより大きい問題かもしれませんよね。人は<考えたようになる>ものらしいから<悪くなるのじゃないか>と思い続けていたら悪くなる可能性高いかもしれません。私自身は「変形したものは治らないかもしれないけれど、この悪い状態の脚の機能だけを改善することは可能じゃないか。」と思っています。

どういうことかというと、例えば中年過ぎて誰かがスケートを習い始めたとして、イナバウアーまで出来るかというと難しい。それよりは、私が状態の悪い股関節でも<フツウに近い状態で歩ける>ようになる方がまだ可能性が高そうな気がするわけなのです。サーカスなども人間業とは思えないですよね。「出来る」と信じて訓練するから出来るのでしょうね。脳の左右の半分が麻痺した時に反対の脳が本来の働きを超えて代わりをするということも読んだことがあります。人間の身体って、そんなにも奇跡のようなこともできるような細やかに造られているのですね。そいういうパワーを引き出せたらと思います。

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2006年7月17日 (月)

痛いとき、どうしていますか?

「腰痛は怒りである」(長谷川淳史/著)という強烈な題名の本があります。サブタイトルは「痛みと心の不思議な関係」帯には「真実を知れば痛みは消える!」と書いてあります。私は脚の痛みがひどくなり、「いよいよ手術するしか無いか」と思った時に、この本のことを思い出して読み返し、その痛みから解放されました。普段は歩く時だけ痛むのですが、その時は寝ていても痛みで目がさめるし、座ったりじっとしていても痛かったのです。

一冊の本を短い言葉にまとめてしまうのは語弊のあることですから、正確なことを知りたい方はぜひとも読むことをお勧めしますが、誤解をまねくことを覚悟の上で書くと、怒りとか悲しみとか目をそむけたいストレスがあるときに身体は痛みに逃げ込むというようなことです。その怒りも抑圧されたものである場合が多く、その怒りに気づくだけで痛みが消えることがあるというものです。私の場合は怒りではなく、永年一緒に居た愛犬の死でした。本当に痛かったので、脚の痛みに気をとられて、手術しようかどうしようか真剣に悩んでいる間は、愛犬の死ということでの悲しみに向き合わなくて済むわけだったのです。それに気づいたときに、痛みはひきました。愛犬の死の悲しみにも正面から向き合い、大声をあげて泣きました。

のぞみ会(変形性股関節症の患者の会)の講演会で「痛みのスケールをつけてみるように」と勧められたことがあります。1から10までのランクをつけ、その日ごとに痛みを「きょうは7ぐらい」「きょうは9ぐらい」と、客観的に計れるものではないので、自分なりの目安で記録していきます。そして、それぞれに思い当たることも記入して行きます。長く歩いた翌日に痛みがでるとか、動かないでパソコンの前にばかり居たから痛みがでるとか、痛みの傾向が見えて来たら、それを回避する術ももあります。ただ、いきあたりバッタリ「きょうは痛い。」「きょうは痛みがラク」というのではなくて意識化するわけです。

私の場合、午後にちょっとだけ昼寝をすると、その後、脚がラクになるようです。どうしてそうなるのかと聞かれても困ります。医学的な裏付けはありません。こればかりはどんな名医にも「あなたは昼寝すると脚がラクになりますよ。」とは教えてもらえないことでしょう。自分で探し出すしかないのだと思います。これを読んでくださっているアナタの脚と私の脚は同じではありません。きっとアナタの脚がラクになることがあるのだと思います。足湯かもしれないリフレクソロジーかもしれない、ストレッチかもしれない、それはアナタにしか探しだせないものだと思います。色々試してみてはいかがでしょうか。

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2006年7月16日 (日)

脚長差の話/満足?不足?

足に問題を抱えてから、色々なことを考えるようになった中に脚長差の問題があります。骨盤の高さが変わるから脚の長さが変わるのか、骨盤にはいる脚の向き(角度)が変わるからなのか、その両方なのでしょうけれど、いずれにせよ50歳になるまで感じなかった脚の差が、今頃になって顕著になってくるなんて、とても不思議。

身体は変化します。だから脚が短くもなるのでしょうが、だから逆の変化だってあっても不思議はないはず。亜脱臼起こして短くなったのだとしたら、その亜脱臼は、どうしてもとに戻せないのだろうか?

脚の痛くなった初期に、まるで打ち出の小槌みたいなのでガンと直す接骨医に行き、帰りには直ってルンルンで帰って来たことがありました。でも翌日には、また元に戻ってしまいました。日頃、歪んだ使い方によって筋肉がそういう歪んだ形でついてしまっているのだから、無理して引っ張っても、バネで元に戻るみたいな現象になるわけだと想像がつきます。でも、整形外科では進行性としか言われなかった症状が改善したことで<身体の歪みをとれば、脚も改善するに違いない>という感触を持ちました。

知人に「翌日には戻ったとしても、その治療を続けていれば徐々に治るかもしれないじゃじゃない?」と言われてナルホドと思い、脚が悪化してから、又同じ接骨医に行ったのだけれど、治療が何しろ耐えられないぐらい痛い。治療を受けている大の男の人が悲鳴をあげるぐらい。それにやたらと待ち時間が長い。それで、そこへの通院は諦めました。そこの接骨医は<むち打ち>みたいに瞬時にしてなったものには、良いだろうと思います。慢性的なものは、先に書いたように筋肉がそういう使い方になってしまっているので元にもどってしまうのではないかと(独断と偏見で)思う次第。

骨盤の歪みを直す<いそがい療法>というのも体験しました。骨盤のゆがみというのが股関節に脚がはいる角度がねじれるためにおきる、そのねじれをなおすには日頃の筋肉の使い方を直すことというようなことでしょうか。これも知りたいかたは直接学んでごらんになってください。主に屈伸運動で、正常な使い方の筋肉をつけることで改善させていく方法です。起きる時はどちら側から、歩き始める時はどちらの脚からというような習慣を変えることもします。 DVDの販売もインターネットでしていて、私も買って何度か見ました。確かに理屈はそうなのだけれど、一日300回まで屈伸運動を増やして行くようなことで、目に見えた変化が感じられないと張り合いが無く、私は続きませんでした。

タイトルに話は戻ります。人生は課題作文と言ったのは作家の曾野綾子さんだったかしら、私も今回の人生で与えられた変形性股関節症とどう向き合うのか、何かを学ぶために天から与えられたのかと思うことがあるのです。そう考える中で<満足、不足>ということに思いが至りました。満足という熟語は<足が満ちる>と書き、不足という字は<足が足りない>というような意味合いになるでしょうか。<足るを知る>ともいいます。

自分は不満が多いのじゃないだろうか?ということを顧みているところです。脚が悪いことで出会えた人や事柄もいっぱいあるのだから、そうだとしたら変形性股関節症そのものも有り難いものであるのかもしれません。脚が痛むから××が出来ないと考えることも不足を数えることになるでしょう。脚が痛くても出来ることは山ほどあるのに、出来ないことを数えるのだとしたら‥。股関節脱臼で生まれて来たのに、すっかり忘れて人並みにここまで来られて、若い頃、スキーやらテニスやらゴルフやら思う存分出来たことの方が不思議で有り難いことだったなと思います。ここまで酷使(ごめんね〜)に耐えてくれた脚に感謝!

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2006年7月15日 (土)

体重を減らす/ダイエット

股関節にかかる重さは2倍どころか3倍にもなるのだとか、体重を3キロ減らせば、股関節にかかる負担は9キロ減るということ。変形性股関節症と言われた時から<体重を減らすこと>というのは、ついてまわる課題。色々なダイエット方法が出回っていますが、私の場合、3通りの方法に取り組んでいます。

一つ目が<はかるだけダイエット>この方法はNHKのためしてガッテンでとりあげられたものです。2003年に番組が本になったときの付録についてきた表を活用して5月から始めて2キロ減って来たところです。グラフに現在の体重を基準に表をつくり朝夕計るだけのものです。これだけのことで体重が減るのかと思われるかもしれませんが、<常に意識する>ということが功を奏していると思います。前の夜に沢山食べた夜はシッカリ体重が増えるので、せっかく少しづつ減って来た体重を、一晩で増やしてしまうのはイヤですから、食べる量を控えるようになります。それに一晩だけで増えたものは徐々にですが又減って行きます。そこで毎晩食べ続けて<増えた体重を定着させてしまわないようにするのが秘訣>という気がします。友達との食事会で「ダイエット中だから食べない。」と場をシラケさせたくはないですし、ひと晩だけのことなら気持ちよくおつきあいしておいしく食べることにしています。

二つ目は、トコロテン。これは知人が絶賛して勧めてくれたものです。コレを続けたら血液検査の数値が異常が多かったのが正常の範囲になった上に体重が落ちたということでした。トコロテンを食べることでお腹がふくらんで食べる量が減るのかと思ったのですが、そういうことでも無さそうです。トコロテンについてくる酢も身体に良さそうですし原材料は海草ですから身体に優しく作用しているような気がしています。口にあわなかったら無理に続ける物でもないでしょうけれど、私は味が気に入っていることもあり、毎日ではないけれど週に4、5回は食べています。

三つ目は、朝食をヨーグルトとフレッシュジュースだけにしていること。<長生きしたかったら朝食はぬきなさい/甲田式健康法>という本を読んでからのことです。私は朝は食欲が無いのに「朝食をとらないと身体に悪い」と思って無理して食べていました。その方法を勧められた時にも、「そんなことは不健康だ。」と思っていました。でも、本を読んでみると説得力があります。それでも完全に朝食を抜くのは抵抗があるのでジュースとヨーグルトにしているわけです。顔がそれぞれ違うように誰にでも合う健康法というのはないのかもしれません。自分で試してみてあうかどうか選択していくことが大事だと思います。

ダイエットを成功させるのに心の問題も大事なことのようです。ストレスをためないこと。ストレスがモトで食べてしまったりします。そういう自分を自分で責めたりもしてしまって悪循環が始まりがち。ストレスの無い人はいないでしょうけれど、リラックスできる方法を自分なりに見つけて、日々前向きに行きて行くことなのでしょうね。

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2006年7月12日 (水)

杖の話/お洒落に杖をつく

いつから跛行するようになったのか、はっきりとしたことは覚えていません。旅行のビデオを見た時に、「自分の歩き方は不自然、うっすら足をひきずっているかしら。」と気がついたのが最初。2001年頃だったと思います。
 
杖をつくのに抵抗があるという話を友達にしたら、「傘をステッキ代わりにしたらどうかしら。」と提案してくれました。でも、傘は先がツルツルすべって杖にはなりません。「傘とステッキ兼用のものは無いだろうか。」とインターネットで探して、ステッキの専門店ウオーキンと出会いました。フランス製の素敵な傘で、持ち手も傘の先もステッキ状になっています。このステッキ傘は重宝しています。杖をつかなくても何とか歩ける私は杖と傘と両方持つのは大変なので、駅の中等は傘をステッキ代わりにして、目的地まで行き、そこからタクシー乗り場までは傘として使うというような使い方をしています。

ステッキ専門店ウオーキン
http://www.sutekki.com/

杖をつく効用は、周囲の人に脚が悪いということをわかってもらえるということも大きいと思います。正面から歩いて来る人がよけてくれるようなこともありますし、駅の階段を駆け下りて来るような人に、つきとばされたりすることも減るだろうと思います。電車の中でシルバーシートに座ったりするときも持っていた方が気持ちがラクです。それに、やはりこれ以上脚を悪化させないということを考えたら、杖をついた方が良いのだと思っています。

ウオーキンの杖はどれもお洒落。周囲の人に「こんな杖だと、もっているのが楽しそう。」と言われます。折りたたみの杖を洋服にあわせて、モスグリーンと紫色と2本使い分けています。周囲の人に「ステッキ持って歩いてみたい。」と思われるぐらいにファッションの一部みたいだと楽しいなと思います。

折りたためるというのは、レストランなどで置き場にこまるときにも便利です。以前は、立てかけておいて食事中にバタンと倒れるなんていうこともよくありました。コンサート会場などでも着席したら畳んでおくようにしています。当初は(恥ずかしいので)家の近くでは杖無しで、遠くにでかけてから出先で広げて杖をついていたりしていました。折り畳む回数が多かったので、中のワイヤーの部分が切れそうになったのですが、ウオーキンで修理をしてもらうことができました。中のワイヤーも丈夫な物に改善されているそうです。柄が気に入っていましたし、値段も決して安くはない杖なので、修理してまた使えるというのはポイント高いと思います。

旅行に行く時はステッキバッグという転がしながら体重を預けられる旅行カバンを使っています。その中に折り畳み杖を入れて持って行き、現地では杖を伸ばして使っています。ステッキバッグは横にして腰掛け代わりにもなるので、駅のホームで列車を待つ時も自由席が混む時も、これはこれでとても便利です。列車とレンタカーの組み合わせで友達を誘ったり、一人旅も時々しています。

杖をつくことに抵抗を感じている人がいたら、「そのために将来的に大変な思いをするかもしれないのは、結局自分なのだから。他人の目より自分を大事にしましょうよ。」ということを申し上げたいと思います。

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2006年7月11日 (火)

半身浴とストレッチ

何度かチャレンジしながら続かなかった<ストレッチと筋トレ>を、半身浴との組み合わせで始めてから、ひと月になります。今度は何とか続きそう。

半身浴が身体に良いことを知識として本や雑誌で知ったのは、もう10年以上前のこと。実際にしている友達から勧められて始めてみることにしました。「20分近くお風呂に入っている時間なんて、忙しい生活の中では無理」と決めつけていたのだけれど、始めて見たら意外と大丈夫。今は、朝、主人の出勤後にお風呂にはいり、鏡の前で体操を30分前後というリズムが出来て来ています。このリズムが出来る、生活の中に無理無く組み込めるというのがポイントのような気がします。

半身浴は汗を大量にかきます。お風呂にはいって10分ぐらいすると汗をかきはじめ、お風呂を出て体操を始めてからも首のまわりなどから汗が吹き出る感じです。この汗による毒素の排泄は身体に良いと言うことを健康食品の店の講座で強調していました。シャワーだけだと外の汚れをとるだけだけれど、この発汗することで身体から毒素が抜けるそう。それに身体の芯から(内蔵まで)あたたまる。それがシャワーとの大きな違い。

私はその自然食品の店で購入した温泉と同じ効果というマット(ブラックシリカなどが入っているスーパーエレンマット)を敷いています。温泉卵でわかるように、温泉はふつうのお風呂のお湯より<内部を温める>のだそうです。確かに、それまでのお風呂のお湯より出てから冷めにくく、いつまでもポカポカしています。

関節を温めることも良い訳ですし、内蔵にも良いですし、20分のバスタイムで3分間の歯磨きをしたり、顔の体操(大きく口を開いて下あごを左右に動かす等、こういう時じゃないとしない体操。顔にも50本以上筋肉があるそうです。)をしたりしています。お風呂用のcdラジカセを購入し、聞いたりもしています。

先日、のぞみ会(変形股間説症の患者の集い)の埼玉支部の集まりがあり、リハビリ体操をしました。私が日々している体操とほぼ同じという印象。この種の体操は続けることが大事なのだと思います。脚が悪いのだから脚の体操というだけではなくて、上半身を整えることに寄って脚をカバーできるので、上半身の体操も大事というのは、私も<胴体力>ということを提唱している本(身体革命・伊藤式胴体トレーニング/伊藤昇著)で読んでから、ナルホドと思っていたことです。

私は、手術はしないで、脚の状態を良くしようと思っているのですが、web上で、変形性股関節症をとりあげたものは手術をなさった方がほとんどのようですので、自分なりの覚え書きのような意味も含めてブログを書いてみることにしました。3ヶ月ぐらに渡って書いてみたいと思っています。

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