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2006年7月17日 (月)

痛いとき、どうしていますか?

「腰痛は怒りである」(長谷川淳史/著)という強烈な題名の本があります。サブタイトルは「痛みと心の不思議な関係」帯には「真実を知れば痛みは消える!」と書いてあります。私は脚の痛みがひどくなり、「いよいよ手術するしか無いか」と思った時に、この本のことを思い出して読み返し、その痛みから解放されました。普段は歩く時だけ痛むのですが、その時は寝ていても痛みで目がさめるし、座ったりじっとしていても痛かったのです。

一冊の本を短い言葉にまとめてしまうのは語弊のあることですから、正確なことを知りたい方はぜひとも読むことをお勧めしますが、誤解をまねくことを覚悟の上で書くと、怒りとか悲しみとか目をそむけたいストレスがあるときに身体は痛みに逃げ込むというようなことです。その怒りも抑圧されたものである場合が多く、その怒りに気づくだけで痛みが消えることがあるというものです。私の場合は怒りではなく、永年一緒に居た愛犬の死でした。本当に痛かったので、脚の痛みに気をとられて、手術しようかどうしようか真剣に悩んでいる間は、愛犬の死ということでの悲しみに向き合わなくて済むわけだったのです。それに気づいたときに、痛みはひきました。愛犬の死の悲しみにも正面から向き合い、大声をあげて泣きました。

のぞみ会(変形性股関節症の患者の会)の講演会で「痛みのスケールをつけてみるように」と勧められたことがあります。1から10までのランクをつけ、その日ごとに痛みを「きょうは7ぐらい」「きょうは9ぐらい」と、客観的に計れるものではないので、自分なりの目安で記録していきます。そして、それぞれに思い当たることも記入して行きます。長く歩いた翌日に痛みがでるとか、動かないでパソコンの前にばかり居たから痛みがでるとか、痛みの傾向が見えて来たら、それを回避する術ももあります。ただ、いきあたりバッタリ「きょうは痛い。」「きょうは痛みがラク」というのではなくて意識化するわけです。

私の場合、午後にちょっとだけ昼寝をすると、その後、脚がラクになるようです。どうしてそうなるのかと聞かれても困ります。医学的な裏付けはありません。こればかりはどんな名医にも「あなたは昼寝すると脚がラクになりますよ。」とは教えてもらえないことでしょう。自分で探し出すしかないのだと思います。これを読んでくださっているアナタの脚と私の脚は同じではありません。きっとアナタの脚がラクになることがあるのだと思います。足湯かもしれないリフレクソロジーかもしれない、ストレッチかもしれない、それはアナタにしか探しだせないものだと思います。色々試してみてはいかがでしょうか。

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コメント

ラベンダーさん。
「腰痛は怒りである」・・・読んでみたいです。
探してみますね。

お別れ・・・辛かったですね。
遠藤周作さんが、愛する人と別れ悲しんでいるお友達に「また必ず会えるよ」と慰めたエピソードを読んだ事があります。
私は 母と別れる前後半年くらいが痛みのピークでした。 今も時々痛みますが 眠れないという事は無くなりました。更年期と呼ばれる年代という事も影響していたかも知れません。
遠藤さんの慰めの言葉は あの時の私の胸に染み渡ったものでした。

おっしゃるように 何かから意識を逸らせるために痛みを感じるという事もあるのでしょうね。

投稿: ruri | 2006年8月11日 (金) 17時09分

ruriさん、ぜひ一度、その本は目を通してみてください。私の本は今、腰痛だったお友達に貸し出し中です。夏樹静子さんの推薦の帯がついていました。一時期、腰痛で作家活動ができなくなったことを、体験として本にまとめられたのでしたよね。金木犀さんのブログでそちらの本のことにちょっと触れていました。私はそちらの本は読んでいないのですけれど。

お母様とのお別れ、私も平成5年に母を亡くしましたので、よくわかります。親より先に行くのは親を悲しませるから送るのが娘のつとめとは思うけれど、辛く悲しいことですものね。最近になって、時々母の夢を見るようになりました。友達が「七夕さまではないけれど、一年に一度でもなくなった人たちと再会できたらいいのにね。」と言っていたことがあります。ほんとうにね‥。

投稿: ラベンダー | 2006年8月11日 (金) 23時01分

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