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2006年9月の8件の記事

2006年9月15日 (金)

最終回 /心の平穏

書き残したことは無いかしらと考えると、噛み合わせを直したことや、アロマオイルのセラピーのレッスンを受けたことなど、そういえば、まだ書いていないことがあったようにも思うのですけれど、下書きの時点で書いたり消したりしながら書いているので「あれ?コレって前に書いたのだったかしら?」というようなことにもなってきてしまいます。この辺がこのブログをオシマイにする潮時。

変形性股関節症になってから自分が出会った療法やら考えたことなどを書き綴って来ましたが、「私はコレで治りました。」と胸をはって言える療法と出会ったわけでもありません。「治った。」というのなら参考にもしていただけるでしょうが、治ってはいないわけですし、あまりお役にはたてなかったと思うのですが、多くの方に読みに来ていただいて、とても嬉しかったです。ありがとうございます。

<チャクラで生きる>という本の中の一節(原題なのか、サブタイトルのようにwhy people don't heal and how they canとあります。「どうして人は癒せないのか、どうすれば可能か」になりますよね。)に「心の平穏をもって人生を受け入れるのを学ぶことができれば、あなたは病気をはるかに超える何かをマスターしたことになる。」という一節がありました。

もう一冊<現代仙導百科/小野田大蔵>の中にインドの導士の言葉として紹介されている言葉があります<病気と闘わないこと>というのです。「身体のどこが具合悪いとき、くつろいでそれを受け入れなさい。これが自然なのだ。生まれた者は死ななければならない。そうとしたら時には病むこともあるだろう。それがあるべき姿なのだ」と心の中でいいなさい。(中略)病気を受け入れたらそれは霧散し始める。どうしてそんなことが起こるのか。人が闘っている時にはいつもその生命エネルギーは分散されるが闘うのをやめるとそのエネルギーは自分の中でひとつになる。すると今や葛藤がないために大変なエネルギーが解放される。それが治癒力になるからだ。

私がカウンセリングを受けた時に言われたのも、「足を治そうとエネルギーをそこに注ぐのでなく、その悪い足で、どう人生を豊かに生きるかを考えてみてはどうか。足のことで悩むのでなく、活き活き暮らすことで免疫力は高まる。ひいては自然治癒力が高まる。」というのです。足が痛いのは確か、跛行していることで不自由なことも事実。でも足をなおすための人生になってしまっては本末転倒。どう生きたいのか、足が悪い分、どこでそれをカバーしていくのか考えながら、豊かな人生を過ごして行きたいと願っています。

これを読んでくださっている皆様も、足の痛みや悩みを抱えながらの日々をお送りの方が多いことでしょうけれど、お互いに、素敵な人生にしていきましょうね!長いことおつきあいくださって、本当にありがとうございました。

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2006年9月13日 (水)

もう一つのブログ

15日で一応このブログを終わらせようと思います。実は年の始めから「16歳間近の愛犬(ゴールデンレトリバー)と戌年を一緒に迎えられたことが嬉しい。」というような書き出しで、その時々の思いや思い出など、初めてのブログを書いていました。(文章がトットちゃん風と言ってくださった友達が居ました。)その愛犬が5月末に亡くなり、それと前後して股関節の痛みがひどくなり、「いよいよ手術か」と思いました。お友達のお姉様で佐賀で手術なさって、とても良かったという方のお話を伺って、「私も佐賀に一度診察に行ってみようかしら。」と思い悩みました。足を痛めてから一番悩んだ時期でもありました。「足の痛みにも、股関節症を抱えて行く気持ちにも、そういう<波>のようなものは、ついてまわるものではないか」と思います。今は<保存療法で>と気持ちを決めているつもりですが、また何かの時に、「やはり手術」と思う時期が来ないとも言い切れません。

そのこと(愛犬が亡くなった頃の痛みについて)は7月17日のエントリ<痛いときどうしていますか?>で触れました。足の痛みは、愛犬が亡くなる前に、もう立ち上がることもままならない状態のワンちゃんを抱えて持ち上げるようにしたりしていたことも原因したと思います。愛犬が亡くなって私の気力が萎えたこともありましたし、ブログを寝る前に書くことが多かったので、それまで続けていたリハビリの体操をやめてしまっていたことも反省し、6月15日にそのブログを閉鎖して6月30日に削除しました。その削除の手続きのときに「ありがとうございました。またのご利用を御待ちしています。」というようなことで、パスワードなどはそのまま残っているという案内が画面に表示されました。

その言葉が印象に残っていたこともあり、同じココログで書き始めたのが、この変形股関節症をテーマにしたブログです。前のブログは知人たちに知らせて書いていたので、コメントを書いてくれたり訪問してくれたりしていました。今回は誰にも知らせずに書き始めました。「読んでくださる人が少なくても<自分の気持ちの整理>、<来し方を振り返る>という意味合いが強いのだから良いのだ。」と思ってはいたのですけれど、当初読みにきてくださる人は少なくて(アクセスの解析機能がついているので何人読んで下さったのか、わかるのです。)寂しく思っていました。それが、appleciderさんの訪問以来、あっというまに訪問者が増えて、書くことに張り合いを感じて、せっせと書いて来ました。

このブログはオシマイにしますが、実は私にはもう一つブログがあります。趣味の延長のような仕事をしている、そのホームページに併設するブログです。そちらは<どこの誰が書いているか分かってしまう>ということがあって、肩に力が入ってしまっています。コレはどこの誰が書いているかわからないという気楽さがありました。最後まで、そのままでいるつもりでしたが、コレでお別れするのも何だか心残りに思えて来て、最終回に、そちらのブログのURLをちょっとの間だけ載せておこうと思います。そちらのブログは変形性股関節症については全く触れていないので、その意味でお役にたてることは無いとおもいますが、<変形性股関節症を抱えながらも元気でやっています>という近況報告のような意味合いで、もしよろしかったら遊びに来てくださいね。それまでに、そちらのブログも一つぐらい更新しておかなくては。そちらは、ひと月あまり何も書いていないのです‥。

追記:こちらのブログ追記を始めたのと同時に、別ブログのURLは削除いたしました。

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2006年9月12日 (火)

岩盤浴、体験なさったことありますか?

この春函館に旅行した先のホテルで初めてブラックシリカの岩盤浴を体験しました。「初めてなので教えてください。」と御願いして、大きなタオルを敷いて最初仰向けで5分、次にうつぶせで10分という入り方を教わる所から。その後、休憩して水分補給したあと、また同じことを繰り返します。体の芯から温まった気がして、すっかり気に入ってしまい、軽井沢に行った時も、今年できたばかりの岩盤浴のサロンに行き、またさらに気に入ってしまいました。

スポーツクラブに行っていたころ、サウナも嫌いでは無かったけれど、サウナは顔が熱くなるようで(私には)息苦いこととと、スポーツクラブだとお仲間で入ってくるので、おしゃべりが賑やかだったり、私にはイマイチでした。岩盤浴は、(私が行った二カ所は)ひとりづつちょっとした仕切りで区切られていて、おしゃべりも禁止になっているので静か。それに、なんといっても寝そべっていられるのでラクチン。軽井沢のサロンは女性専用、静かな癒し系の音楽が流れ、ほの暗い灯りに、すっかりリラックスモード。とても居心地の良い、優しい空間で、ネジ(ゼンマイ)がゆるむように、気持ちがゆるゆると緩んでいくような気がしました。函館のホテルの方は男女一緒でしたから、作務衣みたいなウエアを着ているとは言っても、何となく落ち着かなかったのです。函館の方は温泉が併設だったので、汗をかいたら温泉で汗を流し、また入るということを繰り返す人が多いのだとか。

昔、テニスをしていた頃に、周囲から「どうして汗をかかないの?」と不思議がられたほどに、私は汗をかきませんでした。「汗をかかないと、体温が上がってしまって体に悪そう。」と思い、水道の水を浴びるように腕にかけたりしていました。その頃何かの本に、「寒い地方で生まれ育った人と南の方の人とでは体の汗腺の数が違う。」ということが書いてあり、「北国で生まれ育った私は、こちらの人よりも汗をかきにくいのだ。」と、勝手に納得していました。

それが、この6月から3ヶ月間半身浴を続けてから、汗を沢山かくようになりました。最初から、こんなに汗をかいたわけではなかったように思うのですが、(夏の暑いころだったせいもあるでしょうけれど)着替えないと気持ち悪いぐらい汗をびっしょりかくようになり、半身浴を終えてから30分ぐらいはユニクロで買ったコットンのズボン、Tシャツなどで過ごし(ストレッチなどして)、汗が引く頃に着替えるようにしています。ユニクロウエアはそのまま洗濯機へ。

その汗をかける体質になってから体験した岩盤浴、借りたウエアが洗濯後脱水した後のような湿っぽさになります。それほど大量の汗。美容院で読んだ雑誌の記事に、「フツウの汗は毒素も出るけれど栄養分も体外に出してしまうのに、岩盤浴でかく汗は水分だけが出て、栄養素は出ない。だからベタベタした汗ではなくサラサラした汗なのだ。」と書いてありました。よく理屈はわからないのだけれど、岩盤浴でかく汗がベタベタしていないというのは、よく聞きますし、そう言われてみれば、そんな気もします。

浦和の旧中山道にも岩盤浴がオープン。函館とか軽井沢だからリラックスできたのかもしれないと思ってみたりして、まだ行ってみていません。でも、疲れきってしまった時に、<疲労回復の奥の手>みたいに岩盤浴の施設が近くに出来たことを嬉しく思っています。

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2006年9月 9日 (土)

バランスコントロール

一昨日、せっかっくブログに書いた文章が消えてしまいました。サブリミナルと音楽療法について書いたのでしたけれど、「神様がストップをかけられたのかしら。」と思って、再度書くのをやめました。音楽療法は、ある精神科医とご縁があって、来年から始めるワークショップのお手伝いをさせていただくことを書いてみたのでしたが、<来年のことを言うと鬼が笑う>とか申しますものね。

きょうは浦和から大船までフルートとアルトフルート持参で仲間内の演奏会に行って来ました。電車の中でのぞみ会のアンケートのことを思い出していました。「変形性股関節症になって、これまでの生活とどう変わったか。」というのがあって、例えば色々な<社会活動に参加しなくなった>逆に<社会活動に参加するようになった>というような項目等がありました。<参加するようになった>というのは、足を悪くしたことでのぞみ会のような会に参加するようになったという意味なのだろうと思いました。あらためて自分の生活を振り返ってみると、「跛行しているから、世間体は悪い。」ということはあるのだけれど、これまと生活はさほど変わっていないことに気がついたのでした。

きょうの演奏会も<足が悪いのでステージに出るときに楽器もって歩くとバランス崩してドテッと転ぶかもしれない>と参加することを躊躇したのだけれど、大勢で演奏するアンサンブルなので「他の人が楽器持つから」と言われました。内心「そんなの惨め。そこまでして参加したくない。」という気持ちもあったのだけれど、「そう言っていたら、どんどん自分の世界が狭くなるだけだから。」と勇気を出して行って来ました。フルート一本だけ持ってアルトフルートは他の人に持ってもらいました。

このブログで紹介する自分が出会った療法も、そろそろ書き尽くしの感があります。きょうは<バラコン>というのを書いておきます。これはお友達が紹介してくださった整体の先生がなさっていたもので「バラコンって何ですか?」とお聞きしたら「バランスコントロールの略」とのことでした。バランスセラピーというのがあることも前に書きましたが「似た名前の療法があるものだ。」と思いました。

バランスコントロールということで検索したら、何冊か本が出ていました。<股関節脱臼/骨盤正せばこんなに違う/五味正吉著>というのをアマゾンで買って読んでみました。体験談が多く、私自身はあまり参考にはなりませんでしたが、ゴムベルトを腰骨の下のあたりにきつく巻いて腰を回すことで、仙骨の調整などからヘルニア始め色々な症状が改善するという体操は良さそうに思いました。読者評でも体験して改善した人は多そうです。インターネットで検索してみたけれど、これを取り入れた各治療院の宣伝が多く、この治療法の要旨をまとめたようなものは見つかりませんでした。バラコンベルトについて紹介したページhttp://www.h3.dion.ne.jp/~f_c/baracon.html

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2006年9月 5日 (火)

オルゴールと出会えた幸せ

那須のオルゴール美術館で、念願のパッヘルベルのカノンのオルゴールを買って来ました。子供の頃、エリーゼのためにのオルゴールを持っていましたが、それはネジを巻くとメロデイー(旋律のみ)を奏でて、ネジがゆるむと音楽がゆっくりになり曲の途中で止まってしまうものでした。宝石箱みたいになっていてメカニズムをみることもできませんでした。今回買って来たオルゴールは、AUTOSTOPがあって曲の最後でちゃんと終わらせることが出来ますし、ということは次に聴く時もちゃんと曲の頭から聴くこともできます。蓋をあけるとシリンダーがゆっくり周っているのが見えます。そのシリンダーについている小さな針状の突起が鍵盤のようなものをはじいて音が鳴るのも見えています。

日本製ですから4万円弱で奇麗な木目のオルゴールを買い求めることができました。50弁あるので、3つのパートが重なりあう音を聴くことができます。同じ50弁ではスメタナのモルダウもありました。私はモルダウも好きで、モルダウ川をみたくてプラハまで(10年あまり前に)行ってきたぐらいなのですけれど、オルゴールで聴くということになると、やはりカノンの方が聴き飽きない気がしたのでした。美しい響きに、最初に聴いたとき思わず涙がこぼれそうになりました。通信販売では音を聴いて買うことは出来ませんし、オルゴールってフツウどこで買うのか(デパート?楽器店?)よくわからないので、ちょうど那須に行くタイミングにネットでオルゴールのことを見つけたのがきっかけで買うことができて嬉しく思いました。スイス製のものも12万弱ぐらいでありました。オルゴールの箱に手描きと思われる画があったり素敵でしたが(価格がお高いこともありますし)私は国産のもので十分満足という気がいたしました。

コレは脚が治るとか何かの療法になるとかいうことではなく、<心地よいから>好きで聴いています。でも、考えてみると、結局の所、このオルゴールを買おうというきっかけを与えてくれたのも変形性股関節症なのですよね。家に帰って来てから何度聴いているかとおもうほど繰り返し聴いています。

こういう幸せをみつけられるのですもの、脚が悪くても、やっぱり私は幸せ。

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2006年9月 3日 (日)

のぞみ会の実態調査&オルゴール療法

のぞみ会創立二十周年記念の<実態調査のお願い>という用紙が届きました。発足して3年目1500名、15年目4900名に実態調査胃をしたのだそうです。そして現在の会員は7500名。この間、股関節症患者を対象とした実態調査というのは厚生労働省や医療機関でもほとんど行われていないということが、お願いの用紙にかかれていました。お互いに情報が欲しいからこそ、のぞみ会に入会しているのでしょうから、7500人を対象にした調査に協力的で、調査票の回収率も高いのではないかと期待しています。国内でも貴重な実態調査になりそう。

のぞみ会にいると、手術をしたけれど痛みがとれないとか、何か問題があるという話が多いような気が漠然としています。それは<何かしら悩みがある人>がのぞみ会に入るからで、手術して問題が無い人は足のことをすっかり忘れて仕事に復帰したりなさっていて、患者の会のようなことには関わっていないからなのかという気もします。でも、変形性股関節症は手術をしたら、それでオシマイという類の病気ではなくて、色々な方法の手術は人工関節が15年程度で再置換の手術をしなければならなくなるので、人工関節を入れる時期を遅らせるためための手術。さらに人工関節を入れても、それが終着駅ではなくて、それを長持ちさせるためにプールを始め筋トレは手術前と同じように欠かせないものに思えるし、生きている限り、ずっと頭の隅っこに<変形性股関節症>というのはついてまわるもののような気がします。

先日、脳の仕組みを書いた本の紹介をしたときに、独断と偏見で「<コノ方法で治る>と思った人は<ソノ方法で治る>ような気がする。」と書きましたが、また変わった療法をホームページで見つけました。オルゴール療法というのです。
http://www.musicbox.jp/rei/kokansetu.html
我ながら「よくこういう療法を探し出す。」と可笑しくなってしまうのですが、脳幹にはたらきかけるという仕組みはともかく、<それで治る>と信じられたら、それで治るのだろうというのが今の私の考え方で、でも残念ながら私には信じられなくて、まだしも<サプリメントを飲み始めたから、筋トレをコツコツしているから改善する>という方が信じられる気がしています。

‥と言いながらも、子供の頃からオルゴールの音色は好きでしたし、オルゴールのcdも何枚がもっていて、でも、そのページによると録音したものでは療法としてはダメで生の音が良いとのこと。そのページではスイス製の30万から100万ぐらいのオルゴールを推薦しているのだけれど、そこまで行かなくても、木製のカッチリしたオルゴールを一個手元に置いておきたいという気がしてきました。脚にはともかく鬱の時には良いかもしれない。

ちょうど明日、那須に行くことにしていて、オルゴール美術館があるのを見つけたので、一つ買い求めて来ようかと思っています。今もっているオルゴールは、<小さな世界>陶器のウサギさんが回転するもの。クリスマスバザーで数百円で買いました。5万前後でちゃんとした美しい木目のオルゴールを買おうと思っています。パッヘルベルのカノンなどが効果があるのだと書いてありましたので、好きな曲ですし、それを買って来ようと思っています。私が以前買った補高靴と同じぐらいの値段ですもの。…なんて言っている私は、やはりオルゴール療法を少しは信じているということなのかなしら…。

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2006年9月 2日 (土)

バランスセラピー他

きょうは半身浴をしながら、井上靖朗読詩集<雪の夜に>のCDを聞き返しました。これは昨年、伊豆長岡の温泉にバランスセラピーを受けに行ったときに、クレマチスの丘に寄り、そこの井上靖文学館で買って来たものです。作家ご本人が朗読なさったり語ったりなさっているものがギターや自然の音などと共に録音されています。文学館を訪れた記念にと買い求めました。

ここで書きたいことが、バランスセラピーと、クレマチスの丘と、井上靖自らの朗読による作品と三つテーマが出て来てしまいました。さて、どうしましょう‥。

変形股関節症のブログなのだから、まずバランスセラピーについて少し紹介しておきます。私がバランスセラピーと出会ったのは、時々コメントを書いてくれているLUCA さん(コメントを書いてくださっている人の中で唯一顔見知り)が数十年ぶりに同級生と再会なさった、そのお相手がバランスセラピーをなさっていたからなのでした。伊豆長岡の温泉のあるホテルの一室でなさっていたので(よくエステなどをホテルでしているように)、温泉にはいったあとにバランスセラピーを受けに二度ほど行きました。リラックスするには最高のシチュエーションだったのですけれど、その人が駅前がどこか、一般の人が通うのにもっと便利な別の場所でなさることになってから行くのをやめてしまいました。ストレスが脚長差で計れるというような、ちょっとユニークなもの。でも私たちのような股関節症による脚長差ではなく、健常な人の脚長差をとりあげているのだろうなと思いました。それと、私が受けた感じとしては、施術そのものよりも、施術者に回る人を養成する方に力が入っている組織という印象でした。(あくまで私個人が受けた印象/バランスセラピーの本を二冊読んでみて感じたこと)
http://www.btu.co.jp/guide/guide.html

伊豆長岡という所も、それが縁で初めて浦和から車で行ってみたのでした。その数日前に美容院で読んだ雑誌にクレマチスの丘にある、ヴァンジ彫刻美術館http://www.vangi-museum.jp/002_annai/002_annai_01.htmlの紹介があり、「近そうだからここに寄って見よう。」と思い、立寄りました。作品以上に建物としての美術館とその周辺がすっかり気に入ってしまいました。ちょうどクリスマスローズがひっそり咲いている時期でした。雪をいただいた富士山も奇麗で、ホテルの客室からも遠くに富士山が見え、こういう豊かな時間も変形股関節症のおかげで与えられているとも言えるわけなのだと思ったりしました。

最後に井上靖のこのCDについて書こうとすると、それだけで長くなってしまいそうだけれど、その中の<眼鏡>という作品を紹介しておきたく思います。「毎朝、洗面をすませると、書斎にはいって机の前に坐る。そして数箇の眼鏡から、最も眼に合ったのを一つ選んで、机の上に置く。その眼鏡が、その日、一日、私につきあってくれることになる。」(中略)「ものの感じ方も、手術後、眼と同じように、その日、その日に依って異なるらしい。」という所にたいそう共感を感じました。朝起きて、その日の心持ちで一日を過ごす、「同じ私が周囲の状況も同じなのに鬱になったりハイになったり、本当に<ものの感じ方>って日によってどうしてこうも違うのだろう。」と思っているのですれど、それを何と巧みに表現していることでしょうか。

これを書いている今、街中ではめずらしくミンミン蝉がないています。夏が終わってしまうのを惜しんでいるかのようです。

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2006年9月 1日 (金)

目標は20歳のときの体重

きょうから9月。<計るだけダイエット>のグラフが記入済みになり、きょうからまた新しいグラフのスタートです。ためしてガッテンのホームページからプリントアウトできることに気がついて、これまでのようなガッテンの雑誌からのコピーより便利になりました。今度はA42枚(これまで雑誌のコピーだと3枚)です。

あらためて、<計るだけダイエット>でなぜ体重を落とせるのかを読んでみると、数日前に紹介した,2冊の本で繰り返し強調されていた脳に働きかける仕組と重なり合う部分があって興味深く思いました。http://www.nhk.or.jp/gatten/qa/archive/diet.html

私が今回3年前から足が悪くなった直接の原因は、体重の増加だったと思います。整形外科に行った時に<思い当たること>を聞かれた時にもそう答えました。そのころ朝の体重で(それまで55キロ前後だったのが)急激に59キロ近くまで太りました。現在は54キロ弱です。その差5キロは、<それだけのお米の袋を毎日背負っているようなものだ>と考えると、やはり足には負担だったと思います。

朝の体重で56キロぐらいまでは落とせたものの、そこで止まってしまい、逆にまた増えてしまいそうな気配だったので、5月中頃から<計るだけダイエット>を始めました。

20歳の時の体重が、その人のベスト体重だと聞いたことがあります。心肺機能が20歳までで成長が終わるので、それ以降は荷物を持っているのと同じ負担がかかってくるという説です。真偽のほどは定かではないし、健康に支障がないのならば問題視しなくて良いことだと思うけれど、私の場合「どこまで体重を落とそうか」と考えた時の目安をソレにしようと思っています。20歳のときは52キロだったので、せめて53キロぐらいにしておきたいと思います。

ちょっと前まで、着るとはち切れそうで珍奇だった(昔の)ワンピースがちゃんと着られるようになりました。きつくなったからと全部処分しないで、<目安>みたいに残しておいたので、それをフツウに着られるようになって「これで元通り」と思うことも、満足。脳の中で「ヨシヨシこの調子」という励みの言葉も響いて来るようです。体重を落として足の負担を軽くしたからといって、すぐに足が良くなるわけではないでしょうけれど、59キロの体重のままで暮らして行くのと、重しをとりのいたような状態で(筋トレや治療をしながら)これから過ごす何年かで、違いは必ずや出て来るはずと信じています。

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