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2007年3月の7件の記事

2007年3月26日 (月)

ポッコリお腹の体操/バランス

日頃何気なく立っているけれど、足裏の面積を(ビルなどと比して)考えたらスゴイことなのだということを前に書きました。何気なく立っているだけで、無意識だけれど身体を支える為に色々な筋肉を使っているのですよね。

前に読んだある本の中で<つま先歩き>というのが出ていました。平均台の上などを歩く時のように、片方の脚のつま先に別の脚のかかとをつけて歩くというので、高齢者などにしていただいて、それがちゃんと出来ていればバランスがとれているというようなことであったと思います。私も早速試してみたら何とか大丈夫そうでした。

ところが先日、ヨガで<ぽっこりお腹をひっこめるのに効果的>という体操で、同じように足を前後に一直線にして立ち、身体をひねって斜め後方を見るようにするという体操(後ろになっている足の方に身体を回します。)私はグラグラしちゃってダメなのでした。ショック!足の裏の筋肉も微妙なバランスをとっているのだなということがなさってみるとおわかりいただけるかと思います。これは足の内側の筋肉をギュッとしめて下腹もギュッともちあげるようにするので<ポッコリお腹>に効くのだそうです。私の場合、脚長差があるからダメということもあるのでしょうけれど、足の内側の筋肉が弱いのだということも痛感しました。

私の場合、脚長差というのは最近になって出て来ました。悪い方右足の骨盤が持ち上がっているからという要素も大きいのです。そうやって腰を持ち上げて歩くのは<内転して外旋しているから>という解説が書いてある本がありました。内転・内旋、外転・外旋の区別もつかなかった私は銀サロにいって早速質問。内転というのは足を組んで座る時のように身体の中心線より足が内側にはいってくるような方向のことで、<旋>となるととつま先の向きの方向性のこと。つまり私の足は内側に入っちゃってつま先は外を向いているという訳です。(目に見えてそうだというほど極端ではありません。)「そういう状態の足を歩く為に前に降り出そうとしても前にでにくいので骨盤を持ち上げて脚を前に出してしまう。」というのが本の言わんとしていることだろうと松本先生に解説していただきました。先生は必ずしもそれだけが原因では無いと思われているご様子でした。

骨盤が持ち上がる脚長差が出て来たことをヨガの先生に相談したら、寝る時にゴムバンドを股関節のところに蒔いて寝てみるようアドバイスしていただきました。まだ三日しか試していませんが私には良さそうです。起きている時は体重がかかっているわけですから、寝て、体重がかかっていない夜って矯正するのに良いのかもしれません。「腰をゴムで縛って寝たりしたら恐い夢でも見ないかしら‥」と思いましたが、私の場合には問題ありませんでした。腰骨の下の大転子が出っ張っている当たりを中に押さえ込むように縛っています。

同じ身体の人は1人としていないでしょうし、私に良かったことが誰にでも当てはまるとは思いませんが、「私なりに試行錯誤しながら色々試してみています。ということを書いておきたく思いました。

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2007年3月21日 (水)

沢山歩こうと思います。

昨日、フランス旅行より帰国してから初めて銀サロに行って来ました。旅行でさんざん歩いたので疲れがたまっていたようで有楽町降りてから、銀サロまでいつもより遠く感じました。ホテルモントレ銀座の看板がチラホラ見えるようになってからも「まだあそこまで歩かなくちゃいけないの〜」みたいな感じ。前の日は久々に、寝てからも痛みがちょっとありました。昨日施術を受けて、お洗濯して汚れを落としたみたいな感じ、サッパリとした気がしています。

施術では初めて左手も飛び上がるほど痛くて、私は右足をかばって杖をつくので左手にそれだけ負担がかかっていたのだなと、モンサンミッシェルのあの階段も頑張って杖つきつき上ったのだから「左手もよく頑張ってくれたのだわ」と思いながら施術受けて来ました。

旅行先であれだけ歩いて疲れはしたものの、歩くことへの不安が無かったのは松本先生のおかげだとあらためて思いました。「歩くと悪化するのではないか。」とおっかなびっくり歩くのではストレスになったと思います。それにフリップステイックとの出会いも松本先生に与えていただいたのでした。

思い返してみると、私が変形股関節症と言われた平成9年にはまだそんなにはっきりした症状は現れていませんでした。変形性股関節症と診断された時に<手術を勧める医者もいるけれど(私が診ていただいた医者は)勧めない。何とか持たせるだけ持たせて60歳過ぎてから>ということと、<重たいものを持たない><歩かない>「できるだけ車とか自転車にして足をかばって長持ちさせるように。」と言われました。私は歩けば悪化するのだと思って当時は<歩けたのに>歩かなくなりました。

体操も教わりました。寝て足を持ち上げる体操ですが、そのときは悪い方の右足も軽々持ち上がって「こんな簡単な体操で本当に効果あるのかしら?」というような感じで、なんだか馬鹿馬鹿しくて続きませんでした。歩かなくなってから筋肉が落ちて、いっときは足が持ち上がらないぐらいまで弱りました。松本先生が書かれていたことがあったように<使うな>ということと<筋トレ>ということは矛盾すると今にして思います。とってつけたような筋トレするよりも、あの時、あのままフツウに歩いていたらどうだったのだろうか?という疑問が残ります。

例えばそれまでは浦和に戻るのに早いので途中上野で列車に乗り換えたりしたのですが、時間はかかっても京浜東北線一本で帰って来るようにしました。何しろ出来るだけ歩かない工夫をしました。電車でも椅子をみつけては腰かけるようにしました。どんどん悪くなって「やはり医者に言われたようにこの変形股関節症は進行性なのだわ」と思って来ました。でも進行性って本当にそうなのでしょうか?健康な人だって病気で寝ていると足の筋肉が落ちて歩くのが大変になると聞きます。歩かなければどんどん悪くなるのは当然だったのではないかしら‥と思ってしまいます。

他の人に「歩いた方がいい。」と勧めるまでのことは(責任が持てませんから)言えません。でも私の足、私の人生ですから自己責任において私は<歩こう>と今は思っています。これは<筋肉をほぐしてもらえる>という前提が無いとできないことかもしれません。アップルサイダーさんがブログに書かれていた中山式快癒器でのお尻のほぐし方、股関節をほぐすのではなくお尻の下に入れてゴリゴリほぐすので良いのですね。私も中山式快癒器持っているので早速活用してみることにします。ほぐしながら何しろ歩いてみようと思います。

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2007年3月17日 (土)

旅行記 その3 天使ミカエル他

ruriさんがリクエスト(?)くださっていた天使ミカエルのことを書きます。ノートルダム大聖堂の入り口にたって上を見上げると浮き彫りがあって、天使ミカエルが秤をもって人間を計っています。最後の審判で人間をその善悪で計るのがミカエルの役目。重たくて秤が下がっている左側の人は信仰心が厚い人で天国へ。軽い人は右側で鬼に引き立てられていくような絵柄です。

天使ミカエルはシンボルとして剣と秤を持っています。剣の方は悪魔の化身であるドラゴンと闘っている場面で多く使われています。函館のトラピスチヌ修道院のミカエルも足の下に悪魔を槍でついている姿だったように思います。トラピスチヌ修道院やノートルダム寺院では、ただ崇めて眺めていました。モンサンミッシェルの塔の上に金色のミカエルが輝いていて(これはヘリコプターで備え付けた物だそう)遥か高い所で輝いているだけで詳細は見えませんがその像と同じ像がモンサンミッシェルの修道院の庭に行く手前とオルセー美術館に置いてあります。制作年代作者等ちょっと見はぐりましたが、鎧を身につけた騎士に羽がある出で立ち。私が持っている天使の本に「ミカエルは天使の軍団長」と書いてあります。悪魔と天使が闘う時の隊長らしいです。勇ましい!他の本で調べてみても<キリスト教美術では鎧に身をかため剣をもった美青年の姿が多い>と書いてあります。まさにモンサンミッシェルの天使ミカエルは<美青年>凛々しい姿に惚れ惚れします。


私が今回のツアーを選んだのはモンサンミッシェルに宿泊できたからなのですが、それは島内に少しでも長い時間居て聖なるエネルギーの中に身を置きたかったからでした。ツアーの他の方たちはパリから4時間以上かかるモンサンミッシェル日帰りというのは<コースとしてキツい>のでこのツアーを選んだということでした。ナルホドと思いました。今回モンサンミッシェルからはパリに戻る手前のベルサイユ泊でした。そのてんもラクでした。ベルサイユとパリへの分かれ道からパリに向かう道は激しい渋滞で「日帰りの人はここからまだ2時間近く渋滞のこの道を帰ることになるのですよ。」と添乗員さんが話してくれました。私たちがパリに戻るのはベルサイユ宮殿などの観光を終えて日曜日の夕方でしたから行楽帰りの渋滞はあったものの40分あまりで戻ることができました。

そういう曜日とのからみや道順もとても大事になってくると思います。オルセー美術館が行列だったと書きましたが、ルーブル美術館オランジュリー美術館の両方が休館日だったので絵画好きはコチラに来ることになるわけなのです。

金木犀さんがコメントに書いてくださっていた添乗員さんの言葉というのは「モンサンミッシェル頑張りましたね。あそこが大丈夫でしたら、どこでも行けますよ。」確かにあれだけの階段をフツウでしたらとても登れないだろうと思います。「私、ここで待っています。」になることでしょう。でも私は<フランスに来たのは、この為だったかもしれない聖地。ここまで来て待っていることなんて出来ない。何としても登る。」という固い信念のもと登りました。天使ミカエルの「その心意気があれば登れる」という声無き声が心の中で響いたような気がしました。急な階段を上ったのは本当に<一念>だったと思います。<一念発起>という言葉がありますね。
<その気になれば出来る!>と思いました。

モンサンミッシェルへは今は干潟の上に大型バスも通れる道が出来ていますが、土砂が堆積して生態系がかわってしまったので道路を取り壊して橋にする計画があるそうです。この干潟の眺めはすばらしいものでした。潮の干満は世界でも類をみないぐらい早くて時速40キロぐらいあるそうです。潮が満ちて来たら、とても人間が走って逃げ切れるものではありません。
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宿泊したからできたことに、島からちょっと離れた道まで戻ってライトアップした島を眺めたり、海の上の奇麗な星空を見上げたり、朝日が海の上の雲を照らすのを見ることが出来ました。その朝日が雲を照らす様子がまるで天から階段が海にむかって降りて来るようにも見えたのでした。(画像倍ぐらいに拡大できます。こちらでの画像なかなかアップできないのはMacのせいなのでしょうか。なかなか反映しないのです。最初で最後の画像かしら?)

でも、翌日、ベルサイユ宮殿観光の日、その近くにあるマリーアントワネットが好きだったというプチトリアノンという所、その広々した庭を散策したときには「もう歩けない」と思いました。ベルサイユ宮殿をさんざん歩いた後だったからだからではないかと添乗員さんには言われましたが、先に歩いている人たちの姿がどんどん小さくなって離れて行くのを情けない思いで見ていました。それがツアーでの団体行動の最後の日でした。翌日はロンドンから会いに来てくださるmaddycatさんと過ごす自由行動の日、<きょう1日頑張れば>という思いでついて歩きました。これが順番が逆でベルサイユが先立ったら疲れきっていてモンサンミッシェルのあの階段を上がる元気は無かったかもしれません。本当に旅の順番って大事だと思ったことと、ひたすら歩くようなのは私には無理だということもわかりました。庭を散策するというのは説明がないからスタスタ歩くだけなのです。天気は良いし、他の人には気持ち良い散策だったかもしれないけれど、私は杖をつく手も痛くなるし体力が持たない感じでした。

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フランス旅行記 足のこと その2

前回、2年前の英国旅行は1人で英国にいるmaddycatさんを訪ね、1日目にロンドン市内をご案内いただいて「これではとても歩けない。」と車椅子を借りることにしたのでした。今回は皆で移動する団体旅行ですからそんなこと(借りに行く別行動)をしている時間も無いでしょうし、どうしても歩けなくなったら1人でバスの中で待つとか、移動が無い日はホテルで待つとかしようと当初は思って旅行の申込をしました。でも、日が近づくにつれ「一人待っているのは惨め。それなら夫はフランスに行ってもらい、オサンドンの無い間に私は湯治したらどうかしら。」と悩みに悩んだわけです。

フランスに行ってみて思ったことに、今回の旅行の内容ですと、車椅子が借りられたとしても無理でした。まずモンサンミッシェルが<地獄の何とか>と呼ばれるような階段、また階段なのです。それに観光した所も石畳が多く、あれでガタガタ車椅子では乗っている方も押す方も大変だったと思います。そのせいか英国旅行では車椅子の人を沢山みかけましたけれど、今回はほとんどみかけませんでした。英国ではボックスヒルという丘で電動の車椅子でワンちゃんのお散歩をなさっているご婦人までいましたし、バスも車椅子オーケー、バスと歩道の間にスロープがバスから伸びて来て車椅子で乗れたりしました。(フランスではバスにのらなかったので比較できないのですが。)地下鉄もホームへ降りたりするのはちゃんとエレベータがあるのですが乗り換えに歩いていると階段が結構ありました。英国の方が弱者に優しい感じがいたしました。

車椅子での旅行ももちろん可能だと思いますが、場所を選ぶ必要があると思います。美術館内はどこも車椅子で大丈夫。オルセー美術館では入るのに長蛇の列でしたが杖を持っていた私は「マダムは、あちらへどうぞ。」と言われました。(フランス語はわからないのだけれど動作とか雰囲気でそう思える。)並んでいる先頭までいって「disabledは別の入り口があるのかしら?あちらに行くようにと言われたけれど。」と英語で言ってみたけれど、通じたのかどうか疑問ですが私の杖を見て「どうぞ。」と中に入れてくれました。オルセー美術館でもルーブル同様に障害者用の地図がありました。最初エレベーターがあるはずの所にいったらドアがあり、車椅子のマークの呼び鈴のようなものがあったので係の人でも呼ぶのかと思って(私は杖だけでしたから)遠慮してエスカレータを探して利用しました。後で知ったことに、その車椅子マークの呼び鈴のようなものを押すとドアが開いてエレベーターホールに出るのです。これだとひと手間あるので健常者は利用できない、障害者専用ということが明確ですよね。

つづく

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2007年3月15日 (木)

フランス旅行より無事帰国  その1

(胴体着陸をしたのと同じ会社)全日空にて昨日無事帰国しました。足のことが不安で行こうか行くまいかさんざん迷った今回の旅行でした。変形股関節症のブログですので、足のコンデイションを中心にレポート書くことにします。結論から書きますと、<観光シーズンでは無いオフの時期>というのが良かったということ<自分の足の状態がどういうことがダメでどういうことなら大丈夫か>把握できた気がしました。今回のツアーは内容がハードでは無かったので<何とか大丈夫だった>という感じです。

帰りは直行便でしたが、行きはフランクフルト経由でした。フランクフルトの飛行場での乗り換えは広い飛行場を移動しなければならず大変でした。乗り換え先のゲートについたらゴルフ場のカートのようなもので移動している人をみかけましたので(あの移動距離では)私も利用したかったと思いました。成田空港も広いですが「では何時に××ゲート前に居てください。」というようなことで、自分のペースで歩けたのです。それが乗り換えにあまり時間が無くて、添乗員に全員ついて一斉に移動でしたので「どこまで歩くの〜。歩き疲れちゃったのにまだなの?」という先が見えないこともあって、旅の最初から「私、皆と一緒に行動できるかしら。」と不安に襲われてしまいました。

シャルル・ドゴール空港ではエスカレータのようなものが階段状ではなくてベルトコンベアーのように動きます。エスカレータだとステップに乗るのにちょっと戸惑いますが、平坦ですから乗る時はラクです。でも斜めに上がったり下がったりするので、気をつけないと転びそうです。帰りには、乗ったらすぐに斜面になって、足の良い人でも「あらら〜」みたいな感じのようでした。でも長い距離を歩かなくて済むのでラクチンでした。

ハイジャックを避けるのに手荷物検査は厳しくなっています。3月から成田も液体の機内持ち込みは原則として禁止。ペットボトル持ち込みもダメになっています。化粧品・練り歯磨き、クリームなどは小分けの透明なビニール袋に入れて100ミリまで。添乗員さんが「手術して人工関節を入れていると金属探知機でひっかかるので証明書が必要」と言っていたのが、ちょっと気になりました。未手術の私が知らないだけで手術をするときにそういう説明があるのかもしれませんが、知らずに飛行場まで行ってしまったりしないかしらと、ふと思いました。ツアーで一緒の人から聞いた話だと国によっては靴を脱がされて金属探知期を通る所もあるのだそうです。

銀サロで紹介していただいたフリップステイックは大活躍。成田でツアーに参加する人たちが集まって説明を受ける所で手始めに使用、以後、ちょっとした待ち時間は勿論、広大なベルサイユ宮殿やフォンテーヌブローのお城では部屋での説明を受けている間にもチョコチョコまめに座っていました。フォンテーヌブローのお城も広いこと広いこと1800も部屋があるそうです。(フォンテーヌブローの方は当時の家具、絨毯なども残っています。)このフリップステイック無しには今回の旅行は考えられなかったと思います。説明を受けている間に足を休めておけるのと、立って説明を聞いてまた歩き続けるのとでは、1日の終わりには雲泥の差。足の良い人たちでも椅子を見つけては座っていました。足がつってしまったと話している高齢の方もいらっしゃいました。

自由行動の日に行ったルーブル美術館では広いので車椅子を借りました。借りるのに身分証明書(パスポート)が必要になります。私はホテルのセーフテイーボックスに置いて出かけてしまったのですが、主人が持っていたので借りられました。見せるだけではなく返却するまでパスポートを預けておかなければなりません。車椅子を借りるとエレベーターが明記された地図を一緒に出してくれますが、これが結構大変。日本のデパートのような平面のフロアでは無いので、目の前のアッチに行きたいのに階段を上り下りしないとたどりつけません。遠回りしてエレベーターのある所を探しながら行くことになりますが、それがとてもわかりにくい場所にあるのです。健常者に
使わせたくないからかしらと思ってしまいました。入り口フロアでは、ほとんど楽屋裏みたいな感じの所にエレベータがあります。(一般のエレベーターは他にもあるのかもしれませんが車椅子用の地図にあるエレベーター)一度若い子たちが満員で乗って来ましたが私が待っていたフロアでドアが開いた時に降ろされていました。あくまで弱者優先。一般客も乗って良いエレベータというのは、あの広くて大勢の観光客のルーブルでは無理そう。いつまで待っても途中の階からは乗れない事態になりそうです。観光客が少ないはずの今の時期でこれですものね。ルーブルは「ダヴィンチコードにのっとったルーヴル案内」というイヤホンガイドを貸し出していました。私は自分が見たい作品優先でそのガイドはかりませんでしたが、流行にのっとったイヤホンガイドを出すなんて面白いなと思いました。

つづく

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2007年3月 5日 (月)

フランスに行って来ます&湯治

いよいよフランス行きが迫って来ました。明日、成田泊で明後日出発です。旅行会社から旅の日程など送られて来たのを眺めていると、私も行くことにしておいて良かったと思いました。足の状態や主人と一緒の旅行に自信が無くて悩んでいた時には、主人がフランス旅行の間、私は一週間湯治に鹿教湯に行ってみようかしらと迷っていたのでしたけれど。

迷っている話を主人ともトコトンしたので、主人は「一週間の湯治をそんなに試してみたいのだったら別の機会に行ってみれば。」と言ってくれました。主人がフランスに行っている間だったら<おさんどん>も不要なので、自分が湯治に行くのにベストタイミング。これを逃すと一週間家を空けることなど出来そうも無いような気がしていました。それこそ<案ずるより産むが易し>で、話してみたら思いがけず「湯治行ってくれば」と言ってくれたのでした。タイムシェアリングの部屋を押さえたので、二、三日は主人も温泉に行くことも可能です。

ブログに「水はカルシウム、マグネシウムの多いフランスのコントレックスを愛用している。」と書きました。私がコントレックスを取り寄せているベターホーム協会では、コントレックスの本場での<水療法>のツアーを愛用者向けに抽選で格安なツアーに行けた時期がありました。何度か申し込んでハズレたことがあります。フランスでも、温泉ではないのでしょうけれど、<水の中で運動したりのんびり休養したり、飲用したり>ということが体調のリセットをする場としてあるわけなのですね。今回、そのフランスに行く訳なのだわと思いました。フランスの水療法というのも足がこんなに悪く無かった頃に知ったので、自分の足と結びつけて考えたことはありませんでした。すっかり忘れていたことを今回の<フランスと湯治>のからみで思い出した次第。

湯治の本を何冊か図書館から借りて読んでみたのですが、温泉の成分によって、ケガに良いとか、関節炎や筋肉痛に効くとか効能書きが違うのを見ていると、やはり何かしらの効果があるのだと思わずにいられません。図書館から借りた本にはヘルマンへッセの<湯治手記>という本もありました。これはヘッセが若い頃に書いた<湯治客>という本を執筆してからの後日談みたいなもの。肝心の<湯治客>という本が図書館には無くて読めませんでした。文学的な内容は別として、ヘッセの故郷、ドイツでもバーデン(温泉地)の湯治客がいるのだと、あらためて思いました。別の湯治の本にドイツでは「あなたの症状にはこういう入浴」と医者がカルテを出してくれるので、温泉地で「医者のカルテはお持ちですか?」と聞かれることがあると紹介されていました。ハンガリーなども水着を着ての温泉が有名なようですが、それらは日本の温泉以上に療養の意味合いが大きいのだと思います。

3月2日に銀サロに行って来ました。本来3月末の方の予約だけだったのですが、前回フランス行きが不安である話をしたので、ちょうどキャンセルがあったところに臨時に入れてくださったのです。このタイミングでキャンセルしてくださったのがさくらさんでしたことを思うと、さくらさんとのご縁をあらためて感じます。(さくらさんありがとうございます!)今朝、起きてみたら足の調子がとても良いのです。他の方々もそう思われているようですし、私もいつも思うことですが、銀サロから帰った直後より数日後の方が調子良くなります。前に先生にお聞きしてみたら強く押すので筋膜をどうしても傷つけてしまうことがあって、それが回復するころに一段と調子が良くなるのだというようなことだったと(記憶に間違いが無ければ)仰っていました。

銀サロが終わった後に、用があって新宿を回って来なければならず、タクシーで行くつもりでしたけれど、試しに地下鉄で行ってみました。いつになく歩いたのですけれど翌日も痛みもなくむしろ調子が良いぐらいで、「これならフランスでも歩けそう!」と思いました。万歩計をつけていったのですが、ちょうど5000歩ぐらいでした。最近、車や自転車での移動が多かったので、足を悪くしてからこんなに歩いたのはいつ以来かと思いました。

フランスから帰ってきたら「もう海外旅行はこりごり。やっぱり私は国内の温泉でのんびりが最高!」となるかもしれないし、足に自信つけて「また行けるものなら行ってみたい!」となるか、さてどうなりますでしょうか‥。

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2007年3月 1日 (木)

湯治レポート その3 タイムシェアリング

湯治レポート2月中に書き上げることができませんでした。ごめんなさい。プチ湯治に行って、「自分にはこの斎藤ホテルが合っている。」うことを見極めたので、4月に一週間湯治に行くことにいたしました。その時にあらためて湯治手記を書こうかしらとも思います。帰って来てから日がたつと印象も薄れて来ていますし、今度はパソコンを持ち込んで現地からレポート書こうかと思ってみたりしております。

自分のパソコン持ち込んでインターネットが使える(ロビーと図書室/無線LAN)というのも、湯治で一週間家を離れることを考えるとポイント高いと思います。ロビーには24時間接続のパソコンもありますが、メールチェック程度でしたら良いのですが、周りを気にしながら(使いたい人がいたら譲るつもりで)使用することになります。図書室も落ち着く雰囲気で何度かのぞいてみましたが私一人でした。ここでなら自分のパソコンでゆっくりブログも書けそう。部屋で下書きしておいてインターネットにアップするのでも勿論良いでしょうし。

この湯治レポートは鹿教湯温泉をおすすめの湯治場として書いているというより、皆様がもし湯治に関心を持って行ってご覧になるようでしたら、「こんな所に気をつけられたら良い湯治ができるのではないかしら」という参考になればと思って書いてみています。それぞれの人に合う車選びがあるように、なんでも<万人に合う>というものは無いのだと思います。

今回、一週間湯治に行こうと決めた理由は、今回、二泊三日のことでしたけれど帰宅してから足の調子が良くなったように思われること。それ以上に、ここのところ鬱気味で、お天気に例えるなら、小雨から(銀サロの松本先生に話を聞いていただいたりして)雨があがって薄曇りぐらいでしたけれど、鹿教湯に行って久々に<ぬけるような青空>という気分になったことが大きいです。

一週間の湯治ということにしたのは、一週間のタイムシェアリングという方式があることを今回行ってみて知ったたからです。これは<一週間滞在する権利を買う>というようなことで不動産取得のような登記したり取得税がかかったりというような煩わしいことがありません。同じ部屋でも週によってオフ、ミドル、トップ、ハイトップと人気の年末年始やお盆の時期はエラク高いわけですが、私は足の状態を良くしたいことが主たる目的なので年末年始である必要もありませんし、1番お安い時期の一週間を申し込みました。ゴールデンウイーク直前がお安い時期でした。シーズンオフということは混雑しないということでもあるのでしょうから、お風呂やプールもすいているでしょうし、トレーナーの予約などもとりやすいのではないかと思いました。トレーナーの方もカルテを作って継続して見てくださっているので、あまり間を空けないで(覚えていただいているうちに)行きたいという思いもあります。

このホテルはフツウですと二食付きがほとんど。ビジネス用に食事無しも二部屋だけあるけれど、それですと和室なのです。私はベッドのほうが足がラクなのですがベッドの部屋がいつも空いているとも限りません。タイムシェアリングでは部屋が確定するのでベッドの部屋を押さえました。どのお部屋にもミニキッチンがついていますから、ダイエットしたい私は、朝食昼食をシッカリいただいて、夜は簡単に自炊しても良いかとも思っています。調理器具は無いのですが、キャンプ用品を主人から借りて行こうかと思っています。

このホテルにはシングルが無いと書きました。ビジネスで一泊するぐらいなら狭い部屋でもよいでしょうが、湯治で一週間滞在するとなると15平米ぐらいのビジネスホテル仕様/シングルの部屋ではくつろぎませんから、ツインのシングルユースという方が良い(値段だけはネックになりますけれど)と思いました。

お湯について:
鹿教湯はアルカリ性の単純泉と本に書いてありました。単純泉というのは1リットル中の含有成分が1グラム未満で無色透明。成分が少ないためにお湯がやわらかく肌に優しい。名湯といわれるのには単純泉が多いとのことです。また鹿教湯は元禄時代から中風の名湯として栄えて来たそうです。中風の患者が共同湯に行くのに不自由な身体で坂道を上り下りしなければならなかったのだけれど、それが温泉の効能に加えて回復力を助けているということが温泉医学の専門家によって明らかにされ、日本で初めて温泉療養所も鹿教湯にできたのだそうです。
(湯治で元気になる!厳選50湯/石川理夫/双葉社より)

2009年追記:当時と料金システムなど変っています。

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