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2008年9月14日 (日)

摺針峠(摩針峠)

もう10年以上前のことになります。母の遺品の整理中、小倉遊亀さんの画集で<摩針峠>を見たとき、一瞬その場の空気が変わったように思われたのでした。すっかり魅せられました。その後、三越で小倉遊亀さんの展覧会があって、実際にその絵(屏風絵)を前に(感激のご対面?)画集とは違った大きさ、その迫力にしばし見とれてきたのでした。

摺針峠のお話をご存じない方もいるかと思いますので簡単に。「ある若い修行僧が、自分にはとても仏の道は無理そうとあきらめて僧坊を去ることにして帰る途中、一人の老婆が針が折れたので斧から針を作っているのだという姿を見た。斧から小さな一本の針を作ろうとする姿に己の修行半ばであきらめてしまったことを恥じて引き返した。」というものです。私が書くと「それがどうした?」みたいになっちゃうので、ちゃんと書いてあるページをさがしていたら、小倉遊亀さんの摩針峠について書いてあるページがありましたので、そちらをリンクしておきますね。小倉遊亀と摩針峠

ストーリー以上に、小倉遊亀さんの絵の魅力だったのかもしれません。その僧が弘法大師だったということであるなら実在の地名であることに考えが及んでも良いのに、私は今回琵琶湖の旅を考えるまで全く考えたこともありませんでした。来月、かねてより行ってみたかった芭蕉のお墓(義仲寺)そして、彦根城に行くことにいたしました。そこで摺針峠がその近くにあると知ってビックリ。

そのあたり(彦根城などのあたり)に北国街道と中山道の分かれ道があるのです。軽井沢の家の近くにも北国街道と中山道の分かれ道があります。それが追分宿(信濃追分)の名の由来でもあって、いつもその<分去れ>(分岐)を目の当たりにしている私は、そのたどりつく先に同じようにある分かれ道を見てみたくなったからでもあります。双方の分かれ道から金沢方面をめざしたということであって、彦根のあたりのその分かれ道まで行く人は中山道を通ったのでしょうけれど。気持ちとしては、<軽井沢近くの追分から双方に分かれて行く道をたどるとまた合流している地点に行ってみたくなった>ということなんです。単に道が分かれているということだけではなくて、それまで旅は道連れみたいにして一緒に旅して来た人たちが、そこで別れを惜しんでそれぞれの道に行ったことが<分去れ>といわれる所以のようです。

我が家の近くを旧中山道が通っています。その道をずっとたどると軽井沢のあのあたり、そして彦根のあたりを通って行くのですものね。和宮さま始め京から江戸に下る人たちは、この中山道をこられたのですよね。そんな感慨を持って行ってこようと思います。

話がアチラコチラいきますが、この「斧から針を作ろうとする心意気」ときどき気弱になる私たちが股関節症と向き合う<気の長さと根性(?)>に、どこか通い合うものを感じたりもしております。

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コメント

私は絵に関しては特別の興味はないのですが
夫が好きで、毎週教育テレビの絵画の時間は欠かさず見ます。わたしも夫に付き合ってみています。
その中で小倉遊亀の絵も拝見しました。
和ものをやっているので、日本画はやはり良いなと思います。
上村荘園と並んで有名ですね。

お母様の思い出も含めて、素敵な出会いでいらっしゃいましたね。

投稿: きく | 2008年9月14日 (日) 13時24分

きくさん、どうもありがとうございます。バイオリニストのご主人様、絵もお好きなのですね。印象派の絵とフランスの作曲家たちの音楽が重ね合わせて話されたりしますから、共通の要素ってありそうですよね。

小倉遊亀さんは、作品も好きですが、かなり前に生活がNテレビの番組でとりあげられたことがあって、ご高齢になって同居のお世話なさっているお孫さんのお顔もわからなくなって「あなただ〜れ?」と言われて、そのお孫さんが「誰だっていいじゃないですか。私はあなたが大好きなのよ。」と言うと、遊亀さんがニッコリなさって「私もあなたが大好きよ。」と答えておいでだったのが、強烈に印象に残っています。ご高齢になられても絵筆を持たれてお幸せそうでした。

投稿: RE;きくさんへ | 2008年9月14日 (日) 20時06分

ラベンダーさんが「一瞬その場の空気が変わったように」思われた「麿針峠」ってどんな絵なんだろうとおもいながら今2002年に東京国立近代美術館で見た小倉遊亀展の図録を出してきて見ています。・・ため息です・・。
確かに図録に載っているのですから私は見ているはずなのに全然記憶に残っていません。ましてそのようないきさつのある絵とは全然知らず・・。
それより何よりこの絵に深く心を揺さぶられたラベンダーさんのお気持ちに感じ入りました。

琵琶湖の旅にいらっしゃるのですね。きっと母上さまもご一緒されることでしょう。
良い旅でありますよう願っています。

投稿: さくら | 2008年9月15日 (月) 23時16分

さくらさん、図録で絵を見ていただき嬉しいです。展覧会ですと、沢山絵がならんでいますし、小倉遊亀さんの絵は素敵な絵が沢山あるなかで、どちらかといえば地味な絵ですから、会場に<その絵に会いに行った>私みたいなのじゃないと他の絵の方が心に残ったのではないかしら。

母の遺品の画集の中ということもあったかもしれません。(母が亡くなった頃に血圧が異常にあがっちゃった話をラベンダー広場でいたしましたが)人生で大変だった時期ということもあると思います。人との出会いも作品との出会いも、<その時の自分だったから>みたいなことってありますよね。

今森氏の写真展お誘いいただいて、琵琶湖の写真をみて、「琵琶湖に呼ばれているんじゃない?」と言ってくださったさくらさんの言葉も、今回追い風みたいになりました。

さくらさんは東北方面におでかけなのですね。私は今晩箱根です。お天気どうかしら。台風が気になりますね。

投稿: RE;さくらさんへ | 2008年9月16日 (火) 08時23分

小倉遊亀さんの作品は何度か院展で観ましたが、あのお歳とは思えないような若々しい感性にいつも驚かされていました。
お孫さんがお世話をされていることは聞いていましたので、そのせいだろうとは思っていましたが、ここでお二人の会話を知って、そのことを確信しました。
なんて素晴らしい会話なんでしょう。
涙が出そうでした。

自然にこのような受け答えができる人になりたいと切望しています。

投稿: サマースノー | 2008年9月20日 (土) 03時04分

サマースノーさん、そのテレビでの映像でニッコリ笑って「私もあなたが大好きよ」と言われた時の表情が本当に幸せそうだったのです。リンゴだったかなにかの生物を前に絵筆をとられていました。

小倉さんは確か記者かどなたかを御養子さんに向かえられたのでしたから、お孫さんも血の繋がりのない方のはずなのです。それでもこんな風に温かな家族でいられるって、子供のいない私には、人一倍お幸せなことに感じられたのでした。

「あなただ〜れ?」と聞かれたら、「私よ、私!わからなくなっちゃたの。いつもお世話してるじゃない。」みたいに言っちゃいそうですものね。

投稿: RE:サマースノーさんへ | 2008年9月20日 (土) 14時42分

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