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2024年4月24日 (水)

<動けるからだクラブ>せっせと見ています

<動けるからだクラブ>は木曜日にリアルタイムのZOOM90分があり、第四週の木曜日には30分ぐらいの特別動画があるので今月25日の特別動画を見たら解約する予定。9900円じゃなくて4.5千円だったら継続したと思います。内容は良いです。「どんどん内容を良くしていこうとしている意気込み」も素晴らしいです。最初の頃には時間配分が記録されていなかったのが90分の番組の内訳を細かく例えば<35分何秒から腹横筋の図><48分何秒からは前腿のストレッチ>みたいに表示してあるのも復習するときに便利だったり。視聴者コーナーをたくさん作って、「できたら丸を投稿するコーナー」や趣味の投稿欄などつくって視聴者同士の交流も深めて、秋には沖縄でオフ会をする予定でその時までにビフォアーアフターの写真を撮って皆で変化を喜び合いましょうみたいなことも。チャットで次々書き込まれている内容に素早く反応して、リアルの体操教室にも出ている人たちのハンドル名は覚えていて呼びかけていたり。

「出来ないのはアナタひとりじゃないから安心して」を繰り返し強調してくださるのも良いと思うし、ZOOMのチャットをこれだけ活かしているライブ配信も稀有だと思います。視聴者からのチャットが続々と書き込まれるのも「ひとりじゃない感/同じように悩んでいる人たちとこの時間を共有して皆と一緒に頑張っている」と思わせてくださるのもとても良いと思います。私がブログを始めたばかりの頃、読んでメールをくださる方と会うと「周囲に股関節症の人がいない。理解してもらえない。」と言う人が多かったです。「気持ちを分かち合える人がいない。」というのは心もとないですよね。当時、銀座で股関節専門に施術をしていた銀サロはサロンというネーミングでもわかるようにそんな人たちの輪を作りたいという趣旨もあって、先生のブログも活発でオフ会などもあって、それはそれで良かったと思います。

私はどういうわけか周囲に股関節症の人が多かったです。最初に股関節症の患者の<のぞみ会>を紹介してくださったのは、主人の職場の方で、主人の職場には二人股関節症の人がいました。私が股関節症になった20年近く前には、友達の義理のお姉さまが佐賀大で手術なさったばかりで佐賀大での手術を熱心に勧めてくださって、ちょっとその気になったこともありました。友達の学生時代の先輩で人工関節になさった方が函館にいて観光を兼ねてですが幼馴染のNちゃんとの旅行で函館に会いに行ったこともありました。その彼女が体験した手術が30年近く前になりますから禁忌動作も多く、何より「足が開かないのでバスに乗れなくなって40代で車の免許をとった」というのも衝撃でしたし(40代なんて今考えれば若いですが/苦笑)股関節を維持するために毎週のプール通い始め体験談をうかがって「私にはとても無理!」と思ったことをこのブログの最初の方に書いた記憶があります。

このブログは自分の記録でもあるので最近の話も書いておこうと思います。先週の水曜日は地元の同窓会行事の下見で我孫子に幹事4人で出かけてきました。そのうちのお一人がコロナ前に股関節の手術をなさった方で「もっと早くに手術すれば良かったと思う。」と話されていました。手術がうまく行った方達は同様のことを言われますよね。<手術すべきかどうか>を決断するまで悩みに悩む人が多いように思います。<日常生活に支障がない/痛みがない>この二つが判断の決めてになるのだと思います。私は股関節の調子が一番悪かった時にも自転車(現在は三輪車)に乗れたので折りたたみの杖をカゴに入れてでかけたり、杖をついていれば辛うじてですが遠出も大丈夫だったので、痛みが解消するまでリハビリを続けながら過ごせたと思います。富士温泉病院でのリハビリを何年続けた頃に痛みが解消したのだったかしら?一度解消しても東日本大震災、愛犬を亡くした時に痛みがぶりかえして「心情的なもの。股関節が悪化しているわけではない」と矢野先生に言われたのも心強かったです。「股関節の痛みにはなにしろ気持ちが大きいのだ」と、その時に思った次第。

我孫子に話戻ります。我孫子は以前は嘉納治五郎が手賀沼がみえる高台に住んだのを最初に、柳宗悦とその妻であり声楽家の柳兼子(嘉納治五郎の姪)が近くに住むようになったのを皮切りに白樺派の名士たちが次々と我孫子に住むようになって活動した時期があったのだそうです。白樺文学館の地下室にはサロン風の音楽室もあってそこで柳兼子の歌をcdで流していましたし、一階には兼子さんが使われたグランドピアノもあって毎日のように生演奏もしているようです。ピアノが置いてある部屋もとても素敵だったので演奏している時に聴いてみたかったです。駅から白樺文学館までの間に嘉納治五郎の住まいのあったところが公園のようになっているところ始めアップダウンのある道を散策したら、帰りには「ごめんなさい。私失礼して帰りはバスにします。」というぐらい疲れてしまいました。「下見の一環としてバス利用したことは良かった。高齢者の多い同窓会だから帰りはバス利用になるかもしれない。」と他の方は言ってくださいましたが、私自身は「日頃は不自由を感じないけれど、フツウの人たちと行動を共にできない自分はまだまだ股関節症の改善の余地がありそう。」と思いました。帰りには手賀沼公園の前から駅まではだらだらと坂道をあがらなくちゃで、バスに乗ったらバス停4つか5つあったようでした。折りたたみ杖を念のために持ってはいたのですが、その距離を杖なしで歩けたことを自信にすべきなのかもしれませんが。<どれぐらい歩くのかわからない時>には念のため今でも折りたたみ杖を持ち歩くようにしています。

その下見の時に、幹事を降りたいむね申告しました。その前の週に66歳の友人と友達のご主人82歳の告別式が続いて、自分に残された限られた時間を考えるようになったこと、本来ならきょう(24日)も同窓会行事があるのだけれど他の用と重なって欠席することが「幹事なのに」という罪悪感でストレスになることなどなど列挙して。白樺文学館ツアーを6月に予定していたら修理のため休館ということで、別の企画を急遽たてたのですが、それが終わったら幹事降りさせていただくことになりました。幹事6人でのグループラインなどもそれぞれが書き込むので多い時は数えてみたら30通ぐらいになっているので(話し合うような内容をラインでやりとりすると各自が発言しますからそうなりますよね)それも負担だったり。6月のその行事が終わったらそのグループラインも退会しようと思います。情報交換できていたそのラインを止めるとちょっと寂しくなるのかもしれません。

白樺文学館の現在、私たちが見てきた展示品などを、当日解説してくださった学芸員さんが解説している5分ぐらいのyou-tubeのサイト。コチラ

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