痛み

2009年3月12日 (木)

痛みその後

本日の足模様 70  心模様 75

きょう銀サロでした。有楽町から銀サロまでいつもは歩くのですが、辛くてタクシーで行きました。ベロタクシー(自転車の観光用みたいな乗り物)は使ったことありますが、本物のタクシーに乗るのは初めて。歩いて10分ぐらいの距離を歩く気になれないというのは自分でもちょっとショック。整形外科などで「どれくらい歩けますか?」と聞かれると、これまでは限りなく歩ける気がしていたので返答に困っていたのですが、きょうみたいですと「痛むので歩きたくない。5分ぐらいなら歩けます。」と答える感じです。旅行などとても無理そう。

銀サロでは宮川先生がこのブログ読んでご心配くださっていて、状態を把握した上で丁寧にほぐしてくださいました。いつもとは違うところがアチラコチラ痛みました。足首に近いようなところも、これまで痛かった記憶ないのですが、きょうはすごく痛く感じました。ヒラメ筋の付け根部分だそうです。長い事正座していたり座っていたりしたところから急に立ち上がったりしたから“かもしれない(可能性)”とのことでした。帰りはいくらか痛みも薄らいだ気がしていましたが、家に帰り着く頃にはまた痛くて、家の中でも杖ついている状態です。私の場合、銀サロ効果はいつも2日後ぐらいに出るので、今回も期待しています。

それにしても、一昨日(通夜の日の午前中)お灸のときに「数日前から朝の一歩が全く痛くないのです。一日の始まりに気分がちがいます!」と話したばかりだったことを思うと本当にガッカリ。すごろくで<振り出しに戻る>みたいな気分です。

きょう銀サロで話しながら、冷えばかりでなく、精神的な面も大きかったと気がつきました。いつも奇麗で溌剌としている(亡くなった従兄弟の)奥さまが悲嘆にくれて涙しているのをまのあたりにしているのも、お嬢さんたちが泣いているのを間近に見てとても辛かったし、葬儀でお焼香するのにも大勢の視線を感じながら前に進み出るのに、跛行していて不調法な自分が惨めに感じられましたし、「足が悪いので通路側に座らせていただきます。」みたいな場面も何度もあって気疲れましたし、告別式に参列すべきかどうかでさんざん悩んで、「欠席させていただく。」という事で申し訳なくて心を痛めちゃったり、それをどのタイミングで申し上げようか悩んだり。ブログ読まれた何人かの方がメールくださって、皆同じ思いを体験なさっていること、こういう気持ちをわかってもらえるのは同じ症状をもっていればこそなのだとも思いました。わかっていただけるだけでも、本当に嬉しかったです。

宮川先生に温泉病院での話をしながら、宮川先生からも温泉病院に100日入院されて良くなられた人のお話や、温泉病院ではないけれど歩行器を使わないと歩けないような方が温泉に行かれて、どんどん具合が良くなっているような方々のお話をお聞きして、<温泉効果>ならびに<温泉病院効果>に希望をさらに持ちました。(変化の無い方も中には居るそうではあるのですが。)

ブログは3月で一度区切りをつけようと思い始めています。記事数455件にもなって、書きっぱなしの日記をもういちど整理したく思います。文中にリンク貼ってあっても、例えばフリップステイックの記事は「リンク先がすでに無くなっている。」とひとりしずかさんが新しいリンク先をお知らせくださって修正いたしましたが、そういう所も他にもあるかもしれません。確認しなくちゃと思います。本の表紙の写真が載っていたはずの箇所は<?>になってしまっているようです。私はホームページを作るような知識も無いのでアップルサイダーさんや3WMさん、ほがらかさんのようなきちんと整理された物は出来ないと思いますが、せめて紹介した本ぐらいは日記のアチラコチラではなくどこか一カ所にまとめて紹介しておきたいとも思います。

ブログをこうして書きながらその作業をするのも大変ですし、一度ここでスピードを落として日記を書くのは週に一度ぐらいにして、その作業にはいろうかと思います。それがそのまま自分が股関節とむきあってきたここ数年を振り返る事にもなりますし、あらたに温泉病院を組み込みながら股関節と向き合って行く再出発みたいな気持ちの切り替えにもなるだろうと思います。

話変りますが、4月中旬過ぎにカケユ温泉斎藤ホテルで一週間湯治をすることになっています。もし、行ってみたいけれどお一人での滞在が心細いというような方がいらっしゃいましたら、一週間私が滞在している間にご一緒できれば何かとお役にたてるのではないかと思います。お声おかけくださいますように。私も一人で滞在しているよりは楽しいかと思いますので。連絡先はプロフィール欄に入っております。こちらでの桜が終わった頃に遅い桜が満開で迎えてくれることと思います。

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2009年3月 8日 (日)

痛みが消えています〜!

今朝の足模様 98  心模様90

股関節らくらく日記付け初めて3ヶ月、今朝はベッドから起きて体重かけて歩き始めて痛みが全くありません。股関節らくらく日記は夜にその日一日を振り返って点数をつけるので(最初にお電話で受付をしていただいたKさんからは、考えるのでなく、4か5数えるぐらいの間に思い浮かぶ数字と具体的にアドバイスいただきました。)夜まで今の状態のままだったら勿論0なわけですが、夜寝るときまでにどうなっているかしら‥。朝痛み0の状態でスタートする日がひと月も続いたら、夜まで痛みが無い日というのも可能でありそうに思えます。

Y先生からご注意されているのは「一喜一憂しないこと。」これまでの私でしたら「わ〜、痛みが無い!、」と舞い上がって、一日過ごすうちに痛みが出るようだと「あ、逆戻り〜」と風船がしぼむみたいになっちゃっていたわけですが、今は冷静にこの痛みの無い状態を受け入れていられる事も嬉しいです。きょうもスタジオ貸し出し業務はあるし、理学療法士さんとも「足のためだけを考えればスタジオを終わりにするということもあるけれど、それだと生き甲斐がなくなってしまう。スタジオの貸し出しを減らす、人にまかせる部分を作るなど何か方策をたてること。ダメだと思ったらそこでなんでも終わってしまうので<工夫>すること。」とアドバイスいただいきました。昨日もスタジオ貸し出しはあったのですが、これまでより動きを減らすように減らすように意識しています。

今の状態ですと痛みのスケールはゼロになりますが、私なりの100満点方式ですと、跛行という不具合は消えていないので100点にはなりません。でも私の場合、跛行と痛みとどちらを無くしたいかといえば、やはりまずは<痛み>なのでとても嬉しいです。前に痛みがほとんど無くなった時に「痛みが消えたし、今こそ早速、筋トレ!』と張り切ってプリエ(スクワット)して台無しにしちゃったのでしたから、今度は慎重にしていこうと思います。(スクワットが悪いわけじゃなくて、音楽に合わせて気分良く思い切り沢山しちゃった。)


痛みが消えたのは、旅行でも見栄をはらずに飛行場では車椅子、青島ではレンタサイクル‥と歩かない工夫をしたからということ、それに昨日はおこたで温めていたことが大きいと思っています。今年はなにしろ足を温めました。軽井沢に行くのもとりやめたぐらいでしたから。軽井沢に行くとしたら、「家の中は暖房しているから。」と油断することなく、カイロ入れたりして積極的に温めようと思います。これも誰にでもあてはまることでは無くてあくまで私の体験ということですけれど。

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2009年2月23日 (月)

痛みと呼吸のこと・他

本日の足模様 80  心模様 80


Photo

明後日からいよいよ二泊三日でF温泉病院へ行って参ります。荷物まとめていたらアレもコレもで結構荷物が増えてしまいました。例のエコウオーマーも持参することにしました。(結構重いです。)ドライブがてら車で行くことにしました。明後日来て行く組み合わせです。このベスト(洗濯機でも洗えるダウン)先日買ったばかりです。何しろ温風暖房(乾燥)が苦手なので、車内でも暖かい出で立ちで。病院内でトレーニングウエアの上に羽織っていても良さそうかしら‥とも思っています。荷物は小分けにしました。病院にお昼過ぎに到着する予定、午後からの診察なので、車に宿泊用の荷物は置いたまま、水着やバスタオルやトレーニングウエアなども使う時には車に取りに戻れば良い訳ですものね。

前のブログに<突然の痛みに深い呼吸>ということを書きましたが、これがすぐできたのは、先日読み返したばかりの<からだに聞いてこころを調える>という本に、<呼吸と痛み>という一項目があったのを思い出したからです。この本は20年以上前(足を悪くするより前)にフルートの季刊誌で某フルーテイストが紹介していたのを見て購入しました。その頃、私は鬱っぽくて、よく落ち込んでいたので<こころを調える>という言葉に惹かれて読んだのでした。身体と心がいかに密接な関係にあるかということや瞑想することなどが書かれています。

その中に<信ずること・希望をもつことの力>という一項目があって、これが強烈。1950年代に現在ではもちいられていないクレビオゼンという薬が当時はリンパ腫に治癒の可能性をもつものとして大量に投与されていた時期があったのだそうです。ある患者のがん細胞がこれで<雪玉のようにとけて>患者は退院し、なおったかのようにみえたのだそう。その数ヶ月後にその薬が無効であることを各新聞が論じ始めたときに、この患者は再発したのだそうです。それで「作用しているのは患者の信念ではないかと疑いをもったある(本には実名が)博士が「特別に用意されたこの薬のもっと強い物を投与する。」といって蒸留水を投与したのだそうです、また腫瘍はなくなったのだそうです。さらに数ヶ月後に「この薬は効果が無い」という決定的な研究機関の結果が公表されたとき、この患者の腫瘍は再発し間もなく亡くなったのだそう。ここにはプラセボという言葉は書かれていませんが、最近よくプラセボと言われ居ているのがコレですものね。

話は呼吸と痛みに戻ります。呼吸と痛みの項目については、これも関心の有る方は本を読んでいただいた方が良いかと思いますが、一応ご紹介してみますね。痛みは二つの部分に分けられる。一つが身体的な事実そのもの。第二が私たちの痛みに対する態度。<痛みに対する最も有害な態度は、それを払いのけようとして身体的にも精神的にもそればっかりを気にしすぎる事です>という箇所には強調するための点がつけてあります。逃れようと努力すればするほど張り付いてしまう。<痛みを見直す新しい大きな枠組みはそれを受け入れて、身体的にも精神的にもそのことに気楽になることです>とあります。「そんな暢気なこと言っていられない。」と思われる人が多いかもしれませんし、痛みの程度にもよるとは思うのですが、私はある程度これは信じられる気がしています。<痛みを受容しながら観察するという立場に移行すること>これに続いて<呼吸を用いて痛みをなくする>ということもかかれています。痛みに心を閉じない、心開くということ、それによって「ある人にとっては痛みが非常に軽減されるでしょうし、ときには痛みがまったくなくなってしまうこともあります。」と書いてありました。

その箇所まで正確に覚えていた訳ではありませんが、今回、冷静に痛みを受け止めて深呼吸してみようと思ったのはこの本のおかげです。前回、激痛に襲われたときは初めてだったのでパニックに近い気持ちになって「え?どうして〜?どうしよう〜。」みたいなことでした。今回は外で立っている時に「ひょっとしたら後で痛みが出るかもしれない。」という予感もありましたので、あまり慌てませんでした。私の痛みというのは突然キーンというような感じで、右へも左へも動かせない固まっちゃった感じ。ちょっとでも動かそうものなら脂汗でも出そうな感じの痛みになるので、ただじっとしていることしか出来ないような状態。<痛み>と一言でいってもズキズキからキーンから色々あると思いますが、痛いときに、何かの本で読んだ「自分は痛みよりずっと大きな存在」という言葉もいきなり頭に浮かんだりいたしました。「何しろ慌てない、落ち着いて深呼吸。」が今回は功を奏したように思います。

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2009年2月21日 (土)

宮川先生のブログ&脱力

本日の足模様 75  心模様 80

きょうは表で長時間立っていなければならないことがあって、以前と同じような痛みが出ました。長い時間歩くより、私の場合は「立っている」という方が痛みが出るのだということを再確認しました。

宮川先生のブログを<ブログお引っ越し作業中>に発見。これまで佐藤先生とご一緒のブログでしたが、佐藤先生の独立とともにこれまでのブログは佐藤先生用になさって、宮川先生は別に書き始められています。私は「第一発見者」というコメントの書き込みをいたしました。お引っ越し終えられたようで、銀サロブログの一番下にリンクされています。(佐藤先生のブログの次ぐらいの方がよさそうですよね。)今見たら、佐藤先生の新しい銀サロプラスへの道を写真入りで書かれていました。松本先生とご一緒に偵察に行かれた様子を書かれていて「アジア系とヨーロッパ系の観光客に見えたかな。」と書いてあったので、笑ってしまいました。確かに〜。銀座で元気に楽しもう

宮川先生は欧米系のハーフだと思われるのだそう。タレントのベッキーさんに似ていると昔から言われていて、それだと年齢がやや上なので<ベッキー姉さんと言われる宮川です>とご自分で書かれていたりします。

でも私は、最近見た<哀愁>のビビアンリーに似ていると思うのです。(<風と共に去りぬ>のビビアンリーも、また見てみなくちゃですが。)先日、友達に勧められた往年の映画<哀愁>のビビアンリーを見ていて、「この視線どこかで知っている、誰かに似ている、誰かしら〜。」と、じれったい思いをしながら考えていて「あ、宮川先生!」と思いました。“ふっ”とそういう表情をなさるときがあるのです。宮川先生をご存知の方、是非、哀愁をご覧になってみてくださいませ。切ないストーリーですが‥。TUTAYAに無かったので私はDVDを買ってあって、今度宮川先生にお貸しすることになっています。

痛みのこと、激痛に襲われるのコレで二度目です。(個人的な体験で他の人が同じかどうかはわかりませんが)痛みから逃げるコツをつかんだように思いました。深い呼吸をして、力を思い切って抜く、プールの水に浮く時のような感じで、重力に身をまかせる‥みたいにしたら、たまたまかもしれませんが、痛みが嘘のように消えました。息を深く吸うだけでも痛みに響きそうな感じなので静かに静かにですが深い呼吸をしてみます。痛いときって、身体にギュッと力が入るような締め付けるようなことになっているので、思い切って脱力してみるの、案外良いのかもしれないと思いました。突然来る痛みの場合のことで、慢性痛はまた違うと思いますが、参考まで。日頃から脱力(リラックス)を身につけておくとこういうとき役立つと思いました。

追記;パソコンの前で出来る脱力/肩を思い切り上げて力も思い切り入れて、ふっと抜きます。肩がストンと落ちます。肩を前に寄せてストン、後ろに引っ張り上げるようにしてストン。色々できます。椅子からずりおちそうな格好になって、操り人形の糸が緩んだみたいにしてみたり‥。

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2008年12月13日 (土)

今回の痛みを通して考えたこと

本日の足模様 78(痛みのスケール5) 心模様85

昨日の痛みについても書いておきます。痛かった日(11日)の夜、お風呂(死海の塩入れて)に45分間、本を読みながら入りました。前夜のように痛くて眠れないぐらいなら長い時間お風呂にはいって睡眠時間が減った所で問題にはならないだろうとも思いましたので。温泉で温まったときのように身体の芯からポカポカ。前の日の寝不足もあってかグッスリ眠れて、朝起きたら、痛みはかなり軽減していました。痛みのスケールでいえば6.5ぐらい。

それに昨日は銀サロへ。前回が11月24日でしたから二週間半ぶりぐらい。冬の間は銀サロをお休みしようかとも思ったのでしたが、「こんな痛みがでるのでは予約しておいて良かった。」と思いました。どこを押されても痛くて、いつもと違って脚全体が変にガチガチに硬くなっている感じ。バレエのプリエだけのことではなくて、その後、大事をとって動かなかったのも良くなかったように思いました。宮川先生もバレエなさっていたことがあるのだそうです。「ブログ読みました。踵つけてのプリエですよね。痛みがでるだろうな〜と思いました。」と言われちゃいました。帰りには確実に足がラクになっていて痛みのスケールでいえば5。

今回の痛みで色々考えさせられました。「保存療法でのりきるといっても日頃の痛みがほどほどだからこそなのだ。こういう痛みがずっと続いたら、<痛みから解放されるために手術>と思って当然。」とも思いました。夜一人で眠れずに居たら心細くもなりますし、それが一週間も続いたら我慢できそうにありません。「痛みのコントロール」というのがいかに大事か思い知らされました。それと、素人考えですが、「<股関節の形状>から痛みがでるのなら、形が数日で回復するはずはないので、こんな風に回復するはずもないだろう。」ということ、「(私の場合の)痛みというのは変形していることとは直接には関係ないはずだ。」という確信めいたものも生まれました。それが筋肉のこわばりなのか脳の誤作動なのかはわかりませんけれど。脳の誤作動だとしたら、痛みで眠れないというのはなおさら脳に良く無さそうで悪循環で痛みから抜け出せなくなりそう‥という気もしました。

のぞみ会のこれまでの冊子を見ていたら、ブロック注射について、「股関節にブロック注射をして痛みがとまれば股関節が原因なので人工関節にして痛みは止まるけれど、痛みがとまらなければそれ以外のことが考えられるので人工関節にしても痛みはとまらない。人工関節にしたときのシュミレーションとして一度ブロック注射してみるというの一つの方法」と言われている先生がおいででした。

のぞみ会の冊子読み返してみたらY先生がのぞみ会で講演なさったのは2004年5月のことでした。その時にすぐY先生の診察を受けに行くべきだったのに「4年半回り道しちゃったのかなぁ。」と思うわけですが、その時はまだ都内に診察に来られていなかったのですし、こういう出会いもすべてタイミングというものがあるのでしょうものね。4年前には私も股関節症のことをほとんどわかっていませんでしたし‥。

歩数計は寝る時に寝室のドアノブに掛けておくことにしました。小さいのではずしてどこかに置き忘れちゃったりするのです。朝起きたらすぐ首から下げます。出かける時はセーターの下などにそのまま入れこみます。金木犀さんのブログで見て欲しくなって購入した3Dの万歩計http://www.e-904.com/walking2.htmですが、これまでは遠くに出かける時「どのくらい歩くかしら。」と身につけていただけでした。これからは毎日記録です。この万歩計には一週間のメモリーがついているので、まとめて記録することも可能です。首から下げていると正確性に欠けるかもしれないと以前このブログに書きました。正確性よりもこの際、いつも身につけている事を優先させようと思います。万歩計小さいので、外しては置き忘れて行方不明にしてしまうことが多かったのです。

来年は何しろ<痛みをとる/筋肉をほぐす>ことを目標に。筋肉をつけるのは、その後じゃないと無理そうです。春に、少し集中的に銀サロに通ってみるのはどうかしらと宮川先生に相談してきました。「梅雨前ぐらいの暑く無く寒く無い時期が通うには良いですよね。」とのこと。たしかに〜。今回のことで励ましメールくださったお仲間の皆様や、銀サロ、やっぱり「一人じゃない!」って、すごく心強いです。

追記:歩数計の「販売を終了しましたと」書いてあるのは、同じデザインで、
改良型が発売されたからです。


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2008年12月 9日 (火)

調子が良い時ほど慎重に

きょうの心模様 78  足模様75

ここ数日(心身ともに)調子悪く、あまり悪い時には書かない方が良さそうに思えて回復基調になって書いております。(というより、「書く気にさえもなれなかった。」という方が正確かしら。)

気持ちの方の落ち込みも激しかったのですが、これは夏までお世話になっていたヨガの先生が亡くなられたと御聞きして、ここのところ先生のことを色々思い出しては悲しくなっていたこと。もう一人、最近はおつきあいが無かったのですけれど、共通のお知り合いの結婚式で私がフルート吹いた時にピアノ伴奏してくださった方が(私よりかなり若い)亡くなられたとおききしてショックだったことも大きかったと思います。まだ下のお子さんは中学生とのこと。

ヨガの先生は前にも書いたように思いますが、70代でしたが姿勢が良くて颯爽と歩かれるので生徒さんたちは「後ろ姿は30代よね。」みたいに話していました。お会いした感じも(私は常々自分が50代ということを忘れていることもあって)50代始めにしか見えませんでした。いつもニコニコ明るくて私の足のこともいつも気にかけて下さっていました。お灸を紹介してくださったのもヨガの先生。そのお灸の先生から、ヨガの先生は「ガンを切らないで共存でいくためにお灸でお世話になりたい。」ということがお灸に通い始めたきっかけだったと御聞きしました。玄米でしたし、食事療法を始め色々な健康法に詳しいのはそういうご事情もあったからなのだと思いました。それこそ礒谷療法、導引術、チベット体操、色々なことを幅広くご存知で取り入れて下さっていました。そんな病気を抱えているとは思えない明るさで、お灸の先生も「たいした人だった。」と話されていました。9月末ごろまではお灸に通われていたそうですから、本当に亡くなる間際までご自宅で過ごす事が出来たのだと思います。覚悟の上の闘病生活を現代医学ではなく、自己管理、食事療法などでなさったことに、私が足を手術しないでいることへの理解もあったのかと思い当たったりいたしました。

足の痛みは、(先日このブログで紹介した)「バレエのプリエをしたからでは?」とクミコさんからメールいただいて「そうか!」と思い当たったのでした。たった2日間なのですが、グランプリエという深い屈伸までもいい気になって音楽に合わせてしちゃっていたのでした、筋トレっぽいものは<足の筋肉がほぐれてから次の段階>のようです。<病んでいる筋肉>を鍛えるのはやはり無理そう。調子が悪ければプリエなんてしようと思いもしなかったのに、ここのところ80ぐらいの調子の良さが続いていたので、つい‥。

急にお知り合いが亡くなったというお友達が「生きていればこそ落ち込むのだから。」とメールくださって、本当にそうだとも思いました。


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